蒼「あ、これってまだ残ってたんだ。」 三時過ぎに夕食の準備に備えて冷蔵庫内の整頓をしていると、ショートケーキが一個だけ出てきた。 マスターが数日前に買ってきてくれたお土産の残りがなんとなくそのままになっていたようだ。 賞味期限を確認すると残念ながら昨日までで切れてしまっていた。 蒼「あーあ、もったいないなあ。・・・片付けちゃおうかな。」 マスターには悪い気もするが、賞味期限切れのものを食べさせて万一のことがあっても困るし、 それに僕もたまには一人で甘いものを食べてまったりとしてみたい気もする。 蒼「マスターはまだ帰ってこないはずだし・・・食べちゃうなら早い方がいいもんね、うん。」 誰に対してでもなくそんな言い訳をしながらほうじ茶を入れてケーキをいただくことにした。 普段とは違って自分一人でお茶をする。なんとなく静かな中に緊張感がある不思議な感じだ。 蒼「ふぅ・・・。まあ、こういった過ごし方も悪くはないかな。でもやっぱりマスターがいてくれた方が・・・。」 マ「やほー、蒼星石ただいまー。」 蒼「んがんん・・・!」 不意にマスターが帰ってきたのに驚いて、残りわずかになっていたケーキを反射的に口に放り込んでしまった。 マ「・・・どうしたの?」 部屋に上がってきたマスターが怪訝な様子で僕の顔を覗き込む。 蒼「・・・マ、マスター今日は帰ってくるのがずいぶんと早かったんだね!」 大急ぎでケーキを飲み込み返事をする。 マ「うん、特に用も無かったから早く蒼星石に会いたくなっちゃった♪」 蒼「あ、あははは・・・ありがとう・・・。」 マ「あれえ、なんだか嬉しそうじゃないなあ。もしかして僕って嫌われてるの?」 蒼「そ、そ、そんなんじゃないよ!」 マ「おや、お茶を飲んでたんだね。僕も一杯もらっていい?それともくつろぎのひと時のお邪魔だったのかな?」 蒼「そんな、マスターが邪魔なわけないじゃない。」 マ「本当に?嘘ついてないよね?」 蒼「うん、本当だよ。」 マ「あー、よかった、ほっとした。ところでさ、このフォークとお皿はなーに♪」 蒼「え、えーと、それは・・・。」 マ「まあいいや。それよりさ、どうせお茶を飲むなら甘いものでも一緒に欲しいよね。」 蒼「う、うん・・・そうだよね・・・。」 マ「あ、そうだ、この間買ってきたケーキがまだ一個残ってたよね。あれを二人で分けっこしようか?」 蒼「ああ、あれね。ごめん、あれはもう賞味期限が切れていたから処分しちゃったんだ・・・。」 マスターの提案に心中ではひたすら謝りつつも、本当のことを言い出せない。 マ「えー、もったいない・・・。せっかく蒼星石のために買ってきたのになあ・・・。 捨てちゃうくらいなら蒼星石一人で食べてくれちゃってもよかったのに・・・。」 蒼「あ、はは・・・それじゃマスターに悪いし。」 マ「さっきからなーんか怪しいなあ・・・。ちょっと僕の目を見て話してみてよ。」 蒼「う・・・うん、分かった・・・。」 マスターが正面からじーっと僕の目を見つめながら真剣な面持ちで顔を近づけてくる。 蒼「な、なんか顔が近すぎない?ちょっと照れくさいんだけど・・・。」 嘘をついてしまっている後ろめたさもあるが、顔がくっつきそうなくらい接近して恥ずかしいのは本当だ。 マ「捜査に必要なのは、どんな些細な事も見落とさない観察力・・・だっけか?」 蒼「え?」 マスターがにこりと笑うと不意打ちで僕の頬をまるで犬のようにぺろぺろとなめる。 蒼「ひゃっ!いきなり何をするの!?」 マ「さっきからずうっとほっぺにクリームがついてたよ。僕の分はもうこれで十分だから♪」 蒼「えっ、クリームなんてついてたの!?・・・あ!ずっとついてたって、マスターもしかして最初っから!」 マ「で、独り占めするケーキは美味しかったのかな?」 マスターがにこやかに聞いてくる。 蒼「うっ、・・・マスターの意地悪・・・。」 全部お見通しだったくせに僕をからかって遊んでいたなんて・・・。 蒼「・・・一人で食べても美味しいことは美味しかったんだけど、やっぱり何か物足りなかった。」 僕の発言を聞いたマスターがバックから何かを取り出す。 マ「そっか、それならちょうどよかったかも。おやつの時間だからケーキ買って来たんだよ。」 蒼「えっ、なんでまた急に?何かあったの?」 マ「んー、たまには蒼星石も甘いものでも食べてまったりと午後のひと時を過ごしたいんじゃないかなという気がしてね。」 蒼「それだけの理由でわざわざ?」 マ「でも大当たりだったんでしょ?」 蒼「う、うん・・・。」 マ「じゃあ早速いただきましょうか。」 マスターがお茶を入れてくれる間にケーキをお皿に取り分ける。 そうして今度は二人のひと時が始まった。 マ「どう、やっぱり二人で一緒に食べる方が美味しい?」 蒼「うん。ごめんねマスター、自分だけで残ったケーキを食べちゃって。」 マ「あっ、ごめん、別に責めるつもりじゃなかったんだけど。別にいいじゃない、女の子って甘い物好きが多いみたいだし。」 マスターはやさしく微笑みながらそう言ってくれた。 蒼「そうかな?」 マ「そうそう、女の子は女の子らしいのが一番いいさ。」 蒼「そ、そうだよね、僕だって一応は女の子だもんね・・・。」 それを聞いた途端にマスターがニヤッとした笑みを浮かべながら言った。 マ「しかしいけませんなあ、こんな可愛い女の子が、それも花も恥らう薔薇乙女があんなはしたない食べ方をしちゃあ。」 蒼「あ、う、それは・・・その・・・。」 マ「ほっぺたにまでクリームをつけちゃうだなんて、いったいどんな風にがっついたことやら・・・。」 マスターがわざとらしくやれやれといった感じで首を振る。 蒼「も、もうそのことは忘れてよっ!」 一連のことを思い出して顔から火が出そうになる。・・・やっぱりマスターは意地悪だ。 マ「ははは、ごめんごめん。蒼星石のことをついからかっちゃうのは悪い癖だね、まことに申し訳ない。でもさ・・・・」 それでも・・・今はさっきとは違う、一人のときとは違いとても満たされる感じがする。 マ「こんな僕なんかが相手でも、誰かと一緒に食べた方が身も心も満たされるでしょ?」 やっぱりマスターには全てお見通しのようだ・・・ ただ、その相手があなただということが、僕にとってどれほど特別な意味を持つかということ以外は。