「マスターッ!」 絶叫して主人に駆け寄る蒼星石。 体を揺すると、微かにうめき声が口からあがる。 生きてはいるが、状態は非常に悪く見える。 「よかった・・生きてる、生きてるよぅ・・」 蒼星石は嗚咽を漏らして涙を流す。 そして、鋏をゆっくりと引き抜いた。血が噴き出し、返り血のように蒼星石にかかる。 「あはははははははは!無様、無様よぉ人間!まさか愛するドールの道具で死ぬなんてぇ!」 「マスターは死んでなんかない」 毅然とした口調で答える蒼星石。 馬鹿笑いを止めた黒いドールに対峙する、紅に染まった蒼いドール。 未だ滴が垂れ落ちる鋏を突きつけて続ける。 「ただ、死ぬのは、君だけで十分だ」 次の日 「・・その後人間の容態はどうなんですぅ?」 翠星石が妹に問いかける。 たまたま、蒼星石の顔を見に来訪したのだ。 水銀燈を撃退した後、マスターは病院に搬送されたと呟く。 「お医者先生の話じゃ、命に別状はないって・・ でも・・・」 「でも、なんです?」 言葉を詰まらす蒼星石。 「でもっ・・!マスター・・っ・・目を覚まさないんだ・・」 昏睡状態。 未だにその状態が続いていた。 「夢の扉を開こうにも、開けないんだ。きっと体が眠りを必要としているのだろうけど・・ 早く、一言でも謝りたいのに・・」 それから沈黙が続いた。 流石の翠星石も事態の深刻さを理解したのだろう。 黙って、蒼星石に寄り添うだけだった。 数日後。近くの病院 蒼星石は病室で主人の看護をしていた。 身の回りの世話から食事の支度まで自分でこなしてしまうので、もはや看護士の出番はなかった。 「あの蒼とかいう子、まだ小さいのにしっかりしてるわね」 「それにすごく素直だし・・あなたが担当のめぐとかいう子も蒼ちゃんぐらい素直で、ご飯とか食べてくれればいいのに」 「ほらマスター。今日はいい天気だよ。風が気持ち良いでしょ?」 快晴を嬉しそうに話しかける蒼星石。だが、返事は返っては来ない。 「ほら、今日はマスターの好きなレバニラだよ。先生の指示で病院食バージョンだけど、中々いけると思うよ」 そういって食事を並べる。 それでも、主人の目は開かれなかった。 「明日も明後日も、マスターの好きなレバニラを作るよ。・・だから、目を覚まして・・・」 ぐっ、とベッドに横たわる主人に顔を埋める蒼星石。 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が伝わる。 「ぁ・・」 「!!」 蒼星石は主人の口が微かに動くのを見逃さなかった。 徐々にその目が開かれる。 「ああ、マスター・・ますたぁ・・僕がわかる?」 その目が、蒼星石を捉えた。 「よかったマスター・・目を覚ましてくれて・・・」 だが、主人の目を満たしていたのは、また会えた喜びではなかった。 「そう・・せいせき・・・か?」 「そうだよ!僕は貴方のドール、蒼星石だ!」 次第に主人の顔が歪んでゆく。 その目からは大粒の涙が流れ始めた。 「どうしたのマスター?!どこか痛いの?待っててすぐに先生をy・・」 「ご・・めん・・な。しんぱい・・かけたろ・・?」 「ううん!そんなことない!そんなこと無いから、気を確かに持って!」 「ごめんな・・・ごめんなぁ・・・」 そして、再びその男は眠りについた。 数分後。桜田邸 「だから何度言ったらわかるですぅチビ苺!勝手に人の如雨露を使うなです!」 「そういう翠星石だって、また勝手に雛のうにゅー食べたの!報復なの!」 「キィー!ああいえばこう言いやがるですか!かくなる上h」 「翠星石!!」 蒼星石は柄にも合わず、ガラスを突き破って侵入した。 「だぁーっ!またガラスを粉砕しやがって!」 JUMの声を無視して翠星石を連れ出す。 蒼星石は翠星石を連れて病室に戻った。 「レンピカ」 蒼い人工精霊はドールの主人の夢の扉を開いた。 「人間、意識を取り戻したですか?」 うん、とだけ答える蒼星石。 「これからマスターの夢の中に入ろうと思う。 せめて一言だけ・・謝りたいんだ。・・付いてきてくれるよね?」 蒼星石はじっと姉を見つめる。翠星石はふぅ、と息をついた。 「ちょうど翠星石もあの人間を〆てやりたかったところですぅ。 まったく、蒼星石に迷惑かけてばかりなんですから」 「はは、ありがとう。 ・・・じゃあ行こうか。」 二体のドールは夢の扉を進んでいく。 「こんな・・・こんなことって・・」 蒼星石は主人の夢の芝に膝をついた。 「・・ありえねーことじゃないです。この人間は蒼星石のことを、とっても大事に思っていたです。 だから・・蒼星石に悲しい目を遭わせたことをきっと後悔していたはずですぅ。それに、自分の行動の浅はかさを・・」 夢の世界にたどり着いた二人の周りには、森が茂っていた。 ただ、それらすべては『しがらみ』だけで構成されていた。 「僕のせいで・・?マスターは僕のせいでこんなにしがらみを・・?」 「蒼星石だけのせいじゃないです。だから、気を落とさないでください・・」 その間にも、薄暗い森は成長を続ける。 かつて蒼星石を暖かく迎えてくれた世界は、既にそこにはなかった。 「きっと意識を取り戻したから、成長が早まったですね。どちらにせよ、ここは一度出たほうがいいですぅ」 妹の肩に手を置く翠星石。 無言で蒼星石は立ち上がった。 「ここは時期を見るです。さ、ひとまず帰るで・・」 ごめんな 「!」 「マスター?!」 森の中から声が二人に届く。 その声の主は、確かにそこに立っていた。 「に、人間・・」 「マスター!待って!」 森の中へ消えてゆく主人を追いかける蒼いドール。 しかし『しがらみ』の森は、それを許さなかった。 「これは、人間が蒼星石を拒否してるですか?」 「そんな・・やだ!マスター!行っちゃやだ!戻って!」 それでも森は成長を続け、二人を阻む。 「ここは危険です蒼星石!このままじゃ二人とも閉じ込められるですぅ!」 翠星石の制止を振り切り、鋏で木を倒す蒼星石。 だが、森の成長スピードには到底追いつかない。 「蒼星石ぃ!」 「やだ・・!マスター、僕を一人にしないで!僕を・・置いてかないで!」 増えていく木が、ドールの主人を覆い隠してゆく。 もうその目は主人を捉えることはできなかった。 「ますたぁ・・・っ!」 声はもう、届かない END