消えたワンセブン 謎のヘルメット
レッドマフラー隊本部。
過日、中隊隊長の中井進がブレイン党の策略にはまり殉職した。中井は作戦本部総司令官・佐原博士の右腕であると同時に、博士の長女(彼女も作戦本部の通信係としてレッドマフラーで働いている)の婚約者でもあった。
一週間ほど隊長不在ではあったが、後任としてレッドマフラー・レインジャー部隊出身の剣持
保が配属されることになった。
剣持は、レインジャー部隊きっての優秀な隊員である。数年間アメリカのグリーンベレーで研修していたこともあるが、そのグリーンベレー時代には『カミソリ』と呼ばれるほどの切れ者であった。
着任するにあたり、剣持はブレインに関してある程度下調べをしていた。その中で思わぬ人物の名前を見つけた。
─キャプテン・ゴメスだと&&?
剣持にとってはかつてグリーンベレーで戦術を学んだ上司であった。ゴメスも優秀な剣持を若きライバルとして意識していた。
─グリーンベレーを辞めて、テロ活動を始めたとは聞いていたが、ブレインの幹部になるとは&&。
そして、ゴメスの右腕としてなくてはならない男もゴメスと一緒にブレインに所属する。
─キッドまでか&!
この二人がブレインに迎えられるとすれば、ますます油断はできない。
─任命式まで待ってられんな&&!
剣持は作戦本部に出向くことにした。
「随分と荒っぽいご登場だね、剣持くん」
佐原博士が苦笑した。
無理もない。厳重に警戒しているはずの作戦本部に、氏名も階級も名乗らない男に拳銃一丁でずかずかと入り込まれたのだから。
しかも精鋭を集めたという博士直属の中隊は新しいブレイン幹部の情報も知らない。
着任間もない剣持だが、『カミソリ』の異名をとるだけのことはある。早速、本部で実験調査中のヘルメットに目をつけた。それは、あのスーパーロボット・ワンセブンが三郎に与えた通信用ヘルメットだった。このヘルメットを着用することでワンセブンと意志が通じる。ブレインに反旗を翻すワンセブンがレッドマフラーの力になるのならこれ以上心強いことはない。このヘルメットをうまく利用することができれば─だが、思うような結果が出ない。
剣持に、ある考えが浮かんだ。
「&&こうしているときが&&一番安心するわ&&」
「水脈子&&」
今、水脈子はキッドの腕の中にいる。キッドは、レッドマフラーの下見を終え、鹿児島に戻って来ていた。水脈子は、数日前にサンロイヤルホテルのスイートのルームキーを預かったまま、その部屋で生活している。キッドは、水脈子の部屋を訪れ、彼女が短大を卒業するまで待って、水脈子を東京に連れて行く段取りを組んでいる。
その日は水脈子の短大の卒業式だった。
水脈子は成績が優秀だったにもかかわらず、正式に就職が決まっていなかったというだけで、卒業生総代に選ばれなかった。代わりに選ばれたのは、系列の女子大の図書室の司書に就職先を決めた学生だった。もちろん、水脈子の方が成績がよかった、という事は誰でも知っている。
それでもよかった。水脈子には鹿児島に親戚縁者など誰もいない。水脈子が総代になろうとなるまいと誰にも関係のないことだった。それよりも、彼女には、キッドのそばにいられるのがはるかに価値のあることだと思っていた。
その思いはキッドにも充分わかっていた。だから、キッドは、卒業式のあと、水脈子をサンロイヤルホテルの最上階のレストランへ食事に誘った。
席を決め、料理を注文し、他愛のない話をして─そんな二人の光景は、周りにいる、普通の恋人たちと何も変わらない。
─だけど、違う&&。このひとは世界の影を動かしている男&&。そして、わたしも&&。
影の中でしか生きられないのだと、わかっていた。決して光を浴びることはないのだと、それが自分の生きる道だと信じていた。
けれども、安らぎたいときはある。
水脈子にとって、それはキッドの腕の中しかなかった。普通の女の子が憧れる幸せなどは捨てたと思っていても、この安らぎは失いたくなかった。だから、部屋に戻り、抱かれた後に、『安心する』と言う言葉が口をついて出た。
キッドも、水脈子からその言葉を聞いたのは初めてだった。初めてだったから、水脈子の方に向き直り、彼女の瞳を見つめた。
「だって、間違いなく&&キッドがわたしのそばにいるんだもの&&」
ためらいながら、小さい声で、水脈子は言った。
「これからはずっと一緒じゃないか。馬鹿だな」
「&&そうじゃないの&&。わたしとあなたが空間で隔てられている限り&&、寂しさはどこでも変わらないの&&。100㎞でも1mでも&&」
「&&」
「わかっているわ&&わたしのわがままなの&&。でも&&」
「いいんだよ。悪いと思ってる。それに&&お前のわがままくらい、いくらでも聞いてやるよ」
「ごめんなさい&&」
不思議な娘だとキッドは思った。抱けば抱くほどに清らかになっていく。
初めて出会ったころの、身も心もボロボロだった水脈子とは別人のようだ。
「どうしたの?」
腕の中で、水脈子が尋ねた。
「いや&&」
言葉を濁したが、
「何か考えているんでしょう」
水脈子に追求された。
「何でもないよ。お前がいい女だと思ってな」
「&&何言ってるの&&」
水脈子は恥ずかしそうに笑った。そしてその場をとりつくろうように起き上がって、レースのカーディガンを羽織り、キッドにたずねた。
「あっちには&&いつになるの?」
「ああ。&&お前があのアパートを引き払ったらすぐにだ。ちょっと人目につくから、俺は手伝えない。わかってるな?」
「ええ&&。荷物なんて、ほとんどないもの&&。一日でできるわ。ここで待っているの?」
「ああ、片付いたら、こっちに来い。出発はいつでもできるようにしてある」
「わかったわ」
簡単に『あっち』とは言ってみたものの、『ブレイン』の基地は南アルプスの山中にある。だが、秘密通路と移動機関は十分整備されていた。
特に水脈子が驚いたのは、レーダーに探知される事なく離着陸できる空路を長野と都心の間に開拓していることだった。
これなら東京都内にも一時間程度で移動できる。ブレインの、その巨大な施設・設備の中を、水脈子はキッドのあとについて歩いていった。
─こんな組織が本当にあるのね&&。
並大抵の科学力ではないと、水脈子は目を見張らずにいられなかった。
その視線をキッドの背中に戻したとき、ふと、水脈子は、こんなふうにキッドを追いながら歩くのは何年ぶりだろうと思った。
キッドが日本に来るときは大抵仕事だった。それも、決して華やかな仕事ではなく、人目を忍んで秘密裏に行動を起こしていた。だから、水脈子に逢いに来るのはその前か後、しかも早朝に限った。そしてその日一日は水脈子の部屋で過ごすのだった。そして翌朝部屋を出て行く。
だが、何も予定がないとき、たまに水脈子を訪れることもある。普通の青年の身なりをして、水脈子を車に乗せてドライブすることもある。そんな事は『仕事』の回数よりも少ないのだが水脈子にとっては、この特に用のない訪問が嬉しかった。思い返せば、キッドの背中を追って歩くのは、初めて出会ったころのように思う。そのときにとても大きく感じた背中は、今でも変わらない。
─あのとき&&この人に出会えたのは&&本当に奇跡だったんだわ&&。
そばに誰かがいたら、きっと怪訝な顔をしていただろう。そのくらい、水脈子はキッドの背中をじっと見つめていた。
水脈子は、自室をキッドの部屋の隣に与えられた。十畳ほどの広さだったが、キッドの指示なのか、家具・調度の類は女性らしいものに設えてある。
「気に入ったか?」
「ええ&&。何だか、贅沢すぎるみたいだわ&&」
「何が?」
「わたしは、こんなクローゼットに入る程、服なんか持っていないし&&」
「そんなのは買えばいい」
「それに&&」
「&&?」
「本当に、この隣はあなたの部屋なのね&&」
「そうだ」
「嬉しいわ&&」
『夢みたい』と言いたかった。だが、そんな少女趣味的なセリフは、自分自身一番嫌っていたはずなのだった。それに気づいたのかどうか、キッドは満足げに頷いた。
「荷物を片付けたら、一応、ドクターに会っておこうか。それと商談室も見ておこう」
水脈子は、笑顔を返した。
水脈子がブレイン基地に来て、初めてキッドが出動する。
南三郎の通う中学の学年末遠足のバスを襲撃するのだ。
実は、これがレッドマフラーの剣持隊長が仕組み、佐原博士に進言した作戦だったのだ。
今まで何度かブレイン党と戦ってきて、剣持は考えた。南三郎が窮地に陥ると、あのワンセブンは現れる。ならば三郎を窮地に追い詰めればいい。今回の作戦は隊員達には訓練だと言ってある。空包を撃つだけなのだ。そこにワンセブンが現れれば─
この危険な囮作戦に、レッドマフラー本部内では批判的な声もあった。特に博士の長女・千恵は「モルモットと同じだ」と反論したが、ワンセブンをどうしても味方につけたいレッドマフラーとしてはやむを得ないと判断したのだ。殉職した彼女の婚約者・中井もそうしたであろうと。
だが、その作戦を既にゴメスは読んでいた。剣持とゴメスはグリーンベレー時代の良きライバル。お互いに手の内は知り尽くしている。ここでレッドマフラーの作戦に隠れて三郎を本当に襲えば、三郎をなきものにできるし、ワンセブンを捕らえることも可能だ。
ゴメスは作戦の最前線にキッドを赴かせる。それがブレインにおけるキッドの仕事なのだ。
ブレインの隊員は、各国の刑務所から脱走させた凶悪犯ばかりだ。その荒くれどもの先頭に立って、キッドは、出動した。
─見送るだけしかないんだわ&&。
キッドが出動したあと、しばし水脈子は何も手につかなかった。
これがキッドの当たり前の姿なのだとはわかっている。だが、それを目の当たりにして、水脈子はキッドと出会って以来の初めて何とも言えない不安感を覚えた。
それまでも、キッドは『活動』はしていた。だが、水脈子にとっては、それはどこか遠いところで起こっていること、別の世界のことだと感じていたのだった。キッドが、水脈子に逢いに来るときの、いつも変わらない冷静な姿も、水脈子をそう思わせていたのだろう。
「消毒液の希釈を間違えたらいかんよ、水脈子」
いつのまにか、ゴメスが医務室に姿を見せていた。
言われて水脈子は、自分が洗面器スタンドの前に、消毒液を手にしたまま立っていたことに気が付いた。今、水脈子がしなければならない仕事は、負傷して戻ってくるであろう兵士たちの治療の準備だったのだ。
「&&申し訳ありません&&」
「気になるのも無理はないな。だが、慣れてもらわんと、勤まらんぞ」
「&&はい&&」
「そこの準備がすんだら、作戦室にコーヒーを持って来てくれないか。私の分と、教授のとな。君のコーヒーは美味いと、キッドから聞いてるよ。是非ご相伴にあずかりたいね」
「わかりました。すぐにお持ちします」
「頼むよ」
ゴメスが医務室を出て行ったあと、水脈子はふと先刻の会話を思い出した。
『慣れてもらわんと、勤まらんぞ』
─何に&&?
ブレイン党員として、なのか、それとも、キッドの女として、なのか─
「モニターが&&あるんですか&&」
ゴメスの指示どおりに、作戦室にコーヒーを持ってきた水脈子は、モニターに映し出された『現場』の様子を見て言った。
「資料が必要なのでね。特別に撮影チームも行ってもらっている。従軍カメラマンというところかな。さすがに前線で撮影しろとは言えないが&&」
それでも、キッドの様子は何とか分かる。
キッドは前線の更に一番前に、隊員たちを従えている。移動は常に先頭を切って走りだす。『俺についてこい!』と檄を飛ばし、隊員達を引っ張っていく。
─こんなに勇敢なひとなのね&&。
ゴメスとハスラーにカップを配りながら、水脈子の目は画面を追っている。
「様子が分かって、少しは安心したかね」
その水脈子にゴメスが声をかける。
「&&はい&&キャプテン、もしかして、わたしにコーヒーをお頼みになったのは&&」
「飲みたかったからだよ。そうですな、教授」
そう言ってゴメスはコーヒーを一口飲んだ。
「キッドの言った通りですな。なかなか美味い」
ハスラー教授は何も言わず、片頬で笑った。
水脈子はまだモニターの画面を見つめている。
─早く帰って来て&&。
思いは、それだけだった。
作戦は成功した。もちろん、レッドマフラー隊にとっては大失敗でもあった。
ワンセブンと、南三郎が信頼関係で結ばれていることを、レッドマフラーにも、ブレインにも悟られてしまったのである。
三郎は、己の身を守るために、レッドマフラー隊に入隊した。
ブレインとワンセブン─地球を賭けた戦いの火ぶたは切られた。
そしてそれは、水脈子の運命も変えることになる。