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「……じゃあ、どうしても駄目だって言うのね?」
「応。どないしても、や」

 ギシリ、と。空気が軋む音が聞こえた気がした。

 銀髪の娘と、黒髪の父。……似ても似つかぬ親子は、今、真正面から睨み合っていた。

 切っ掛けは、些細……とは言えなかったが、少なくとも単純なことだった。
 アステールとユインが冒険者となったことだ。
 シャオリールは、少なくともそれ自体には特に異論は無かった。
 勿論、大なり小なりの心配はあったが、彼らならそれを乗り越えるだろうと思っていたし。……実を言えば、父が彼らを外の世界に出すのは、時間の問題だとも思っていた。
 しかし。
 彼女の予想の中では。……その時、外の世界へと出されるのは、彼ら二人だけではなかったはずなのだ。
 彼女が怒っている理由は、ただ一つ。その日、二人が戻り、彼らの口から直接聞かされるまで――そのことを自分が、何一つ、教えられていなかったという点にあった。
 自分は、それを知っていて当然だったのに。
 知っているはずだったのに。
 いや、もっと言えば。……自分も、共に冒険者となっていたはずだったのに。
 仲間はずれにされた。そんな意識が、彼女に怒りを与えていた。
 子供っぽい、と言ってしまうことは簡単だけれど。当の本人にしてみれば極めて重要な問題だ。
 憤懣やるかたないという様子を隠そうともせず、シャオリールは父親を睨み付け続け。
 ……困ったことに、子供っぽさで己の娘と張り合う父親は、真っ向からそれを睨み返し続ける。
 そのまま、どれだけの時間が経っただろうか。

「……そう。ならいいです」
 つい、と視線を逸らし。……硬い声で、娘が言葉を漏らした。
 収まったか。そう、安堵の息を父親が零した、次の瞬間。
「冒険者には、勝手になります。……今まで育てて下さって、ありがとうございました、お父さん」
 シャオリールはそんなことをのたまうと同時、さくっと踵を返して見せた。
 慌てたのはイーシンである。予想外……の、反応ではないのが、なんとも言えない。
 そういえば、母親も似たような拗ね方したっけなぁ、などと。ちょっぴり、デジャ・ビュを感じながら。
 そのまま部屋を出て行こうとするシャオリールに、慌ててその進路を塞ぐように、イーシンは出入り口へと回りこみ、通せんぼをする。
「ま、待ちっ! ちょぉ待ち、シャオリール!」
「……まだ何か御用ですか?」
 それを半眼で見遣るシャオリール。……バカ丁寧な口調が、逆に怒りの程度を表している。そういえば、普段はパパと呼んでくれてるというのに、さっきはお父さん、だった。
 ……そんなことをつらつらと考えながら、父親は慌てて対応策を考える。このまま頭ごなしに否定しても、この娘はムキになるだけだろう。……ならば何処かで譲歩をしなければ。
 そんな時、ふと思考を過ぎったのは――……過去の経験。そういえば、昔、これと似たようなコトがあった。
 それを思い出せば、男は反射の動きで、その時の台詞を口にする。
「ど、どないしても行きたい、っちゅーんなら! ワイを倒してからにせぇ!」
「わかりました」
「…………へ?」
 直後。雷撃が容赦無くイーシンの身体を襲った。


「で。黒焦げにしたまま、放って来ちゃったワケ?」
 ――服飾店、ラフレシア。
 店の主でもある筋骨逞しいオカマ――もとい乙女、ジェニファーは、事情を聞けば呆れたように吐息を零した。
 その視線の先、テーブルを挟んで対面では、今しがた駆け込んできた銀髪の娘がふくれっつらで頬杖を突いていた。
「……パパが悪いんです。私だけ仲間はずれにしたりして」
 自分に落ち度は無い。そう言わんばかりの様子で、むすっとした顔のまま愚痴を零すシャオリール。
 しかし、その言葉にジェニファーは首を傾げて見せた。
「……仲間ハズレ、ねぇ?」
「そうです。……アス兄はともかく。ユインがいいのに私が駄目なんて。……男女差別です」
 ……イーシンという男は、決して男女に対して平等な人間では無い。
 男女には機能の違いがあり、身体のつくりや生理機能にも差異があるわけで、その分の区別はしてしかるべきだと常に口にしている。
 けれど。……けれども。決して、性別を理由に差別をするような人間では無い。……そう、思っていたのに。
 数ヶ月しか生まれに差の無い――なんでも魔法で妊娠期間を縮めたという話だが詳しくは知らない――兄が外の世界に出されようとしているのに、女の自分はそれを許可されない。
 それは、暗に、女は家の中で静かにしていろ、とでも言われているような気がして。……シャオリールは、深々と溜息を吐くと、テーブルの上に突っ伏した。
 ……ジェニファーが、困ったように頬に手を当てる。
「うーん……。とりあえず、仲間ハズレにしようとしてるワケじゃないと思うわよ? 男女差別……の方は、差別、ってワケじゃないでしょうけど、少しあるかもしれないけどね」
「……」
 億劫そうに突っ伏したまま、シャオリールは意味を問うような視線をジェニファーへと向ける。
 視線を受けて。……ジェニファーは、しばし、迷うような素振りを見せる、ものの。……やがて、小さく苦笑を漏らして。
「シンちゃんってば、そういうところ、女々しいのよねぇ。……アタシが言っていいものかはちょっと迷うけど」
 そう、前置きを置くと。ゆっくりと、口を開いた。
「あのね。シンちゃんはね。……きっと、アナタに幸せになって欲しいのよ」
「……それは、解ってます」
 年の割りに子供っぽいあの父親が、自分のことを本気で案じてくれているのは解る。……時折、度が過ぎて鬱陶しいと思うことも無いでもないが。それは、きっと、贅沢な悩みなのだろう。
 けれど。……其処で、やっぱり。シャオリールの思考は、最初の問題に戻るのだ。何故、自分だけ、と。
「……ホントに解ってる、シャルちゃん?」
「解ってますって」
 ……考えてみても、やはり、ユインと自分の違いは――それは、勿論、能力的な差異はあるけれど、それだって総じて見れば同じようなものだと彼女は思っている――性別ぐらいしか、思いつかなくて。
 繰り返し向けられた問いに、やや憮然とした顔でシャオリールは言葉を返す。
 けれど。それを見ても、ジェニファーは笑うばかりで。
「やっぱり、解ってないわねぇ。……あのね、シャルちゃん? シンちゃんはね、アナタに、女として幸せになってもらいたいのよ」
「……?」
 どう違うのか解らない。……思わず、顔に浮かぶ疑問符。
 その困惑を愉しむと同時。……ここまで言っても解らないのか、と。ジェニファーは肩を竦めて。
「つまりね。……シンちゃんは、アナタを、自分の手で幸せにしたいと思ってるってこと」
 そんなことを、のたまった。
「…………」
 数秒。……沈黙が、室内を通り過ぎる。
 今、何を言われたのか。その意味を考えるように、シャオリールは首を傾げて。
「………………は?」
 更にしばしの間の後。結局、最初に返された言葉は、そんな間の抜けた声でしか無かった。
 っていうか、その、なんだろう。なんというか、こう。……それは、色々――。
 ――ぼん。流石に、そこまで言われて伝わらない程鈍い彼女では無かった。時間差で、ようやく理解が追いつけば……一気に、シャオリールの顔色が変わる。
「って、え? え? え、えぇっ?! ぱ、パパが? ええと、それって、その。わ、私のこと……。そ、その、パパのことは、それは、嫌いじゃないけど、でも……」
 赤くなったり、青くなったり、忙しないことこの上無い。
 わたわたと、無駄な身振り手振りを入れて、身体全体で困惑を示すシャオリールに。……からかうように、ジェニファーは笑って。
「……ところが。そういうワケでも無いのよね」
「――は?」
 ぽかん、と。……またも、同じような、しかし今度は即座の反応を返すシャオリール。
 ……とりあえず、それに合わせて身振り手振りは消えた、ものの。困惑の度合いで言えば、むしろそれは深まったようで。……訝しげな視線を、ジェニファーへと返す。
「……どういうことですか?」
 その質問に。……筋骨逞しい、オカマの年長者は、たっぷりともったいつけた後に、こう答えた。
「あの子はね? ……きっと、今でも、アナタのお母様のことが忘れられないのよ」



「うーむ……」
 ――自宅の床に座り込み。些か焦げた風体のまま、イーシンは首を捻り続けていた。
 同時に、漏れる唸り声。……その様子からは、何を考えているかは伺い知れなかったけれど、きっと簡単に答えが出るようなものではないか――そもそも、答えが存在しないようなことに違いない。
 なにしろ、その姿勢になってからかれこれ一時間近くは経つ。その間、男はずっと同じように首を捻っていたのだから、察せられようと言うものだ。
 ……と。
 いい加減、そんなことをし続けているのにも飽きたのか。……首の傾斜を戻し、唸り声を止めた男は、代わりとばかりに……はぁ、と大きな溜息を吐いた。
「……子供っちゅーんは、難しいなぁ」
 その言葉には、どんな意味が込められていたのか。
 愚痴じみた言葉と共に、男はがしがしと自らの頭を掻き。……そうしていても始まらない、とでも思ったのだろうか。立ち上がり、何処かへと足を向けようとした瞬間。
 不意に、ばたん、と。……部屋の、扉が開いた。
「……」
「…………シャオリール」
 その向こうにあったのは、今しがた探しに行こうとしていた娘の姿。
 まさか、戻ってくるとは思っていなかったのか。父親の顔に、一瞬驚きが浮かび。……しかし、すぐにそれは戸惑いを込めた笑みへと変わる。
「……ぇ~……あー。なんや、シャル。あんな?」
「パパ」
 感情の動きがそのまま表れたかのような、語尾の曖昧な男の言葉。
 それを、ピシャリと遮るようにシャオリールが父を呼ぶ。
 呼び方こそ、普段のソレに戻っていたけれど。……何処か固い雰囲気のソレに、男は眉を潜める。
「……さっきは、ごめんなさい。ちょっと、やりすぎました」
 ――けれど。まず、娘の口を突いて出たのは、そんな謝罪の言葉で。
 きょとん、と。拍子抜けしたように、男は目を瞬かせる。
「あ、あぁ。……いや、ええねん、って。気にせんとき。っちゅーか、倒せっちゅーたんはワイやしな」
 やがて、その意味を理解すれば。苦笑混じりに。……ぱたぱたと手を左右に振りながら、男は気にするな、と言葉を返す。
「……でも。…………でも、聞いて欲しいんです」
「……む」
 そして、続けられる言葉に。……男は、思う。
 きっと、娘はまた主張するのだろうと。……己の思いを、意思を、認めてもらおうと。男にだって経験がある。もう、随分おぼろげになってしまったけれど。男にとって、それは親では無かったけれど。大人を説得しようと、ひたすらに言葉を連ねた経験が。
 だから自分は、かつて子供だった自分は、今度は大人としてその言葉に応じねばならない。……そう、思ったのだけれど。
 シャオリールの言葉は、イーシンの予想外のものだった。
「私は、お母さんじゃないんです」
「…………っ……な」
 ――その言葉に、一瞬、意識が白く染まった。


 ――動きを止めた父を前に、やっぱり、とシャオリールは思う。
 それは、予測が当った喜びだろうか。……予測通りだった落胆だろうか。
 どちらともつかない感情。……胸が苦しいというのは、こういう時のことを言うんだろう。
「……どんなに顔が似ていても。どんなに声が似ていても。髪が、肌が、目の色が、仕草が。……どれだけ、似ていたとしても。私は、シャオリールなんです。……お母さんじゃありません」
 その感情を、押し殺しながら。……シャオリールは、言葉を紡ぐ。
 何度か見せてもらった、記録に残る母の姿は覚えている。……びっくりするぐらい、自分によく似ていた。どんな人だったか、流石に父に直接訊ねたことは無いけれど……これだけ姿かたちが似ていれば、もしかしたら、性格にも似ている部分があったのかもしれない。
「きっと。……きっと、お母さんは。お母さんは、パパに、自分のことを幸せにして欲しかったんだと思います」
 ……けれど、恐らくそれは叶わなかったのだろう。
 ただ一つ、己とユインに伝えられた母の話から、シャオリールはそう考える。
 だから、父が、母を忘れられないのは無理もないと思う。……その延長として、母の姿を、自分に見てしまうのも仕方が無いのかもしれない。
 ……けれど。
「だけど。……だけど、私は、違うんです」
 それでも、やっぱり。……母親と、自分は、違う人間なのだ。
 何処まで行っても、そこは変わらない。
「私は、パパに、私のことを幸せにして欲しくなんか無い」
 第一。……代用品として愛されるなんて、まっぴらだ。
「私は、私の幸せは、自分で探したい」
「……シャオリール」
「自分の目で見て、耳で聞いて。興味が出れば話して、手が届けば触れて。……そんな風に、自分で確かめたい。自分で確かめて、見つけたい」
 ――勿論、万事が万事、上手く行くとは思わない。
 きっと、難しいことなんだろうと思う。
 きっと、辛いことも多いのだろうと思う。
 だけれども。……そこで、立ち止まるばかりでは、何も変わらないと。
 逃げてばかりでは、得られるものは何も無いのだと。
 自分は、この父と、兄弟達から学んだのだ。
「だから、ごめんなさいパパ。……私は、冒険者になります」
 ……決意を込めた、断言。
 それに、男は何を思ったのか。一度目を細め、天を仰ぎ、それから娘に視線を戻すと――何かを振り払うように、頭を振って。
「…………子供、っちゅーんは……。……知らん間に、大きくなっとるもんなんやなぁ」
 ……小さく、寂しげに笑った。
「……冒険者、っちゅーんは、大変な仕事やで」
「解ってます。……そのつもりです」
「いつもいつも、ベッドの上で寝れるとは限らん」
「野宿のやり方は覚えてます」
「仕事が無ければ、メシもまともに食えへんかもしらん」
「内職でもしますよ。マジックアイテム作るの、私、結構上手なんですよ? ……簡単なものだけですけど」
「切った張ったで、タマぁ賭けにゃならんこともある」
「でも、それは。アス兄や、ユインも一緒ですよね?」
「…………お前は、女や。命が取られんでも、もっと辛い目に遭うかもしらん」
「………………死んだ方がマシ、は、死なないだけマシ、っていつも言ってるの、パパじゃないですか」
 ……流石に――即答は、出来なかったのか。最後の問いには、ほんの少し、返答に間があったものの。
 それでも、シャオリールは答えを返す。……些か引き攣りはしたものの、気丈に、それこそ父親のように笑みを浮かべて。
 ――男は、其処に何を見たのか。
 無造作に。……大きな掌を、娘の頭へと乗せた。
「っわ……ぱ、パパ?」
「あぁ。……確かに、せやなぁ。……お前は、ママとは、違うんやなぁ……」
 掌に遮られて、よく見えなかったけれど。……その声音は、なんだか、泣いているようにも聞こえた。
 けれど。少しの間の後、掌が除けられた時には、もう、父親の顔はいつもの通りに戻っていて。
「……ええやろ。そこまで言うなら……気張ってみぃ、シャオリール」
「っ、じゃあ……!」
「ただし! ……やるからには、中途は許さんで。何せ、ワイはお前に甘い人間やからな。もう無理、とか、泣き言いっぺんでも口にしてみい。……徹底的に守って、逃がして、甘やかすで。万事が万事、そらもうビックリするぐらいな!」
 ――激励だか、脅しだか、よく解らない言葉。
 いつでも戻って来い。……きっと、本当はそう言いたいのだろうに。男の言葉通り、この父親が、どれだけ自分に甘いか、娘は知っていたから。
 ……――その逃げ道を断つような言葉に。思わず、本の少しだけ、目頭が熱くなった。
「……はいっ!」

 ――こうして。目出度く、かどうかは疑問ではあるけれど。
 シャオリールは、二人の兄と同じ道を歩むことを許された。

 シャオリール・シン。ピュア・ヒューマン(?/本人の自己申告)。女。実年齢16歳。外観年齢同様。身長152センチ、体重39キロ。細身(本人はスレンダーと主張)。銀髪。瞳の色は青灰。肌の色は白。登録クラス名(自己申告)、魔術師。保有スキル(自己申告)、魔術一般、特に転移魔術に長ける。実戦経験、無し。備考、癖毛。




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最終更新:2007年10月02日 19:49