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「しっかし。酷いよねー、この証明書。……目付き悪い、とか。普通書く?」
「ファジーな組織なのだろう」
「ファジー過ぎでしょ。……っていうか、アス兄、自分のことなんだからもうちょっと怒るとか嫌がるとかしない?」
「事実なのだから仕方あるまい。……その程度の自覚はある」

 ……相変わらずの、兄のその物言いに。ユインは、思わず苦笑を漏らした。

「冒険者? 別にいいけど」
 ――冒険者になれ、と父から言われた時のユインの反応は、酷くあっさりとしたものだった。
 喜ぶでなし、落ち込むでなし。ただ、あっさりと、世間話の最中に軽い頼まれごとでもしたかのように頷いて。
「俺だけ?」
 そう、問い返した。
 その反応が予想外だったのか。それとも、予想済みだったのか。問い返された父親は、なんとも言えぬ微妙な表情に口元を歪めながら、首を左右に振り返す。
「いや。……お前と、アステール。二人揃ってのつもりや」
「……アス兄も、か」
 その返答は、別段、予想外と言うわけでは無かったのだろう。
 しかし先の問い程にするりと納得できる内容でも無かったらしく。少年は、何かを確認するように口の中でその言葉を転がした。
 ゆる、と。首が傾ぐ。
「……俺はいいけど。アス兄が冒険者って言うのは、少し厳しくない?」
「ん。……なしてや?」
「単純に、能力の問題かな」
 ……ノータイムで。特に言いよどむこともなく、ユインはキッパリとそう言いきった。
 男は、その様子に思わず眉を潜めて。問うような視線を息子へと向ける。
 ふっ、と。小さく、ユインが笑った。
「例えば、俺ならさ。……一人でも大丈夫なんだ」
 そして、ぽつ、と。……短い、そんな言葉を皮切りにして。
「俺は、多分一人で生きていける。……あらゆる意味でね。それだけの知識と能力を持ってるっていう自負がある。僧侶の資格を持ってる以上、社会的、経済的には何の問題も無い。切った張ったの騒動だって、それなりに出来る自信はあるし。……自分で言うのも何だけど、大概のことはそつなく対応出来ると思う。……そして何より。他人の事は他人の事って割り切って、冷めた目で見ることが出来るし、その上で角を立てずに流すことも合わせることも出来る」
 己を、語る。……特に喜ぶでもなく、悲哀を混ぜるでもなく。つまらなそうにするでなく、面白がるでなく。それが当然のことであるかのように。まだ16の少年とは思えぬほどに、至極平静に。
 対する男は。……その言葉に、口を挟むことなく。同じように静かな表情で、それを聞き。
「だから、俺は一人で生きてける。他人の中でもね。冒険者って仕事も、ある意味、適職みたいなもんなんじゃないかな。……けど」
 しかし。……其処までを語ったところで、少年は不意に言葉を区切る、と。……某かの感情の混じった息を吐き。
「アス兄は駄目だ。……あの人も、一人で生きていける人だけど。それは、本当に文字通りの意味でだけなんだ、イーシン」
 ……己の兄を。半分だけ血の繋がった兄のことを、話題へと上げる。
「あの人は他人の言葉を真に受け過ぎる。あの人は他人の感情に疎すぎる。あの人は自分の感情に疎すぎる。あの人は他人に甘すぎる。あの人は正直過ぎる。あの人は、他人の中で生きるには……優しすぎる」
「…………」
「パっと考えただけでも、これだけの問題が頭に浮かぶ。……勿論、今行ったのは悪いことばかりとは限らないし。それが、あの人の美徳でもあるんだろうけど、」
「……冒険者としては、致命的、か」
 こくり、と。……ユインが、頷く。
「冒険者っていう人種は、大勢の人間と関わるのが大前提の仕事だ。……けど、それはあくまで仕事でしか無い以上、特殊な事情を持った他人に深入りしちゃいけない。……だけど。あの人には、アス兄には、きっとその線引きが出来ない」
 きっとあの人は、困っている人が居たらそれを見過ごすことが出来ない。
 ソレが自分に出来ないことであれば、キッパリ出来ないと告げるとは思う。……しかし、それだけだ。
 自分だけで出来ることであれば、彼は何を置いてもそれに当ろうとするだろうし。自らがそれを成せぬのであれば、その方法を探そうとするはずだ。……それこそ、当の相手から拒絶を受けぬ限り。
 そして、わざわざ冒険者を頼るような人間は――依頼という形である以上、拒絶するなんてことは考えてもいないだろう。
 結果として彼は、きっと、不要な厄介事を背負い込むことになる。
 そして、最悪なのは、恐らくアステールがその重さを苦いと認識せずに背負い続けるであろうことだ。
 ユインには、それが、許せない。
「だからさ。……俺だけでいいんじゃないかなって思うんだけど、ソレ。……どうかな?」
 口調こそ変わらぬままだったものの。……其処に確かな感情を乗せ、ユインは首を傾げる。
 しかし。
「駄目やな」
 その訴えに。父親は、あっさりと否定の言葉を返した。
 普段ならば、「そう」とユインが折れて終わりだったのだろうけれど。……この時ばかりは。少年の眉間に険が浮く。
「なんでさ」
「わからんか?」
 即座に、問い返す男。……まるで己がそう言うことを予測されていたかのような錯覚に、少年が、僅かに唇を尖らせる。
「……質問に質問で返したら、テストじゃ0点らしいよ」
 だからせめてもの意趣返しとして、そんな皮肉を返すけれど。
 男は、そら気をつけんとな、と笑うばかりで、じっとユインの目を見詰め。
「……出来ない、って最初から決めつけて、手ぇ出さんまま逃げとったら。ホンマに、アイツはそういうことが出来ない人間になってまう」
 やがて、その口からは、そんな言葉が漏れた。
 ……男の語った内容に、虚を突かれたように。キョトン、と。ユインは、目を丸める。
 構わず。……男は、言葉を続けた。
「アイツは、他人の言葉の意味を知らなあかん。……その裏にある感情を読むことを覚えなあかん。信じることの覚悟を学ばなあかん。自分ってもんを根っこのところで理解出来るようにならなあかんし――……優しさの意味を、知らなあかん」
 先に、息子が言った言葉に被せるように。男は、そこまでを一気に捲くし立て。
「ま。……結局んとこ、アイツもまだまだや、っちゅーことや。覚えることは、まだまだナンボでもある。せやから、外の世界に出す。……OK?」
「…………」
 苦虫を噛み潰したような顔。
 滅多に見せぬそんな表情を浮かべると。……僅かな間を置いて、ユインは
「……わざわざ、子供に苦労を味あわせたいの? そういう立ち回り、覚える前に。抜き差しなら無いことになったらどうするのさ」
 やや憮然とした様子で、そんなことを口にした。
 ……それに。何がおかしかったのか、男が口元に笑みを浮かべる。
 ――その台詞は。この少し前、彼の兄が口にした文句とほとんど同じだったのだけれど。それを知らぬユインには、笑みの意味がわからないものだから。
「? ……何がおかしいのさ」
「いや。……ちょっとな」
 怪訝な顔で向けられた問いに、男は笑いを噛み殺しながらそう応じると。一つ、頷いた。
「ワイはな。……お前等を大事に思うとる。……せやけど、甘やかすつもりは無い」
 そして。……まずは、問いの前半部分について。キッパリと――肯定の意思を滲ませた言葉を返して、それから。
 にやり、と笑った。
「……それに、ほら。そないに、アイツの立ち回りが心配なら。そーいう風なことにならんよう、お前が助けてやればええやろ?」
「……俺が?」
 またも、虚を突かれたように。……ユインは、一度、目を瞬かせ。
「そ。……それとも。アステールのヤツも、お前にとっちゃ他人でしか無いか?」
 挑発するような、男の言葉に。
「まさか!」
 ユインは、反射的に、否定を返した。


 ……後は、なし崩しだ。
 上手いこと乗せられたよなぁ、と。ユインは、内心でだけ苦笑を漏らす。
 けれど。父親の言うことにも、一理はある、と……今では、そう思えるから。
 兄を助けよう、とユインは思った。……不器用な、己の兄を。それが何時までのことになるかは解らないけれど。
 ふと、隣を見れば。その兄が難しい顔で黙り込んで居た。
「ん、どうかした? アス兄」
「……いや」
 気になって問い掛けてみれば、すぐに否定の言葉が返って来る。
 何を考えて居たのか、気にならないでも無かったけれど。
「なんでもない。……それより、早く戻るとしよう」
 そう言葉を向けられれば、ユインは特にそれ以上を訊ねることなく、頷きを返し――ふと、動きを止めた。
 ……そして、小さく笑みを浮かべる。彼らの父がコトあるごとに言っていたことを思い出したからだ。
「? どうした?」
「いや、忘れるトコロだったなって。……ん」
 こういうことは。……はじめが肝心なのだ。
 そう思えば、ユインは、兄へと右手と言葉を差し出した。
「これからよろしく、アス兄」
 ……一拍の間を置いてから。
「こちらこそだ、ユイン」
 兄は、弟の手をしっかりと握り返した。




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最終更新:2007年10月24日 13:51