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  人は誰しも、譲れないものを持っている。
  それは時に誓いであり、時に想いであり、時に願いであり、時に己の命であり、時になんてことの無い意地であったりする。
  しかし、例えそれがどんなものであろうとも、己にとって、それが決して譲れぬことであるならば退くべきではない。
  眼前に、どんな障害が立ちはだかっても、だ。

  けれど同時に、譲れぬものを掲げるものはよく考えなくてはならない。
  それが、本当に譲れぬものであるかどうかを。
  絶対に、どうしても、何があっても譲れぬものというのは、実のところ10に1つも無いものだ。
  そして、それが譲って構わないものであるなら、無理に押し通すことをする必要は無い。
  我を通すということは、何処かに我を通されている人間が居るということなのだから。


    記すべき名は無し、故に無名


カテゴリ: [手記] - &trackback- 2006年05月14日 23:05:53

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