【チップと値切りのエチオピア旅行】
第7話)ようこそ天国へ
《エチオピア旅行記|アジスアベバ|バハルダール|タナ湖|ラリベラ》
「アシュトン・マリアムには行ったかい?」
ラリベラ二日目の朝、村のカフェで目覚めの一杯のコーヒーをすすっていた僕に店主が声をかけた。アシュトン・マリアムとはラリベラ村から7キロ程離れた山中にある修道院だ。そこに行くには通常ロバをチャーターするという。
「今日、行くつもりさ。ところで徒歩で行けるかな?」
ロバをチャーターすると、ロバ代とロバ使いの費用で恐らく300ブル(約1,410円)はかかるだろう。しかし、ロバ使いは歩いて登っていくのだ。人間の足で登れないこともあるまい。
「ああ、大丈夫。ユーアー ストロングマン」
オイラがストロングかどうかは怪しいが、行けないことはなさそうだ。よし、歩いて行くぞ。
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僕はカフェの店主が示したアシュトンへの未舗装道を進んでいった。実はアシュトンへの詳細な地図はガイドブックにも載っていない。そこへと向かう道が「アシュトンに至る」とだけ記され、ページの途中で地図は切れている。だが店主とガイドブックの「途中までの道」は一致している。この道をひたすら登って行けばたどり着くのだろう。
しばらく曲がりくねった道を歩いていると「おい、アシュトンの近道はこっちだ。着いて来い。」と若者が道から離れた崖の通路を案内してくれた。
これはありがたい。どうせお礼が目当てであろうが10分くらいショートカットの道を案内してくれるなら多少のチップぐらい弾んでやるか。
しかし、この若者 -名前が分からないので仮にチップ君と呼ぶことにしよう- チップ君はどこまでも道案内を続ける。いつの間にか道とは呼べない崖道に入ってしまい、何処をどう通っているのかわからなくなってしまった。
でもチップ君よ。おいらは一度たりとも「ガイドしてくれ」とは言っていないからな。勝手にキミが先導してるだけだからな。
チップ君は険しい道をスタスタと進んでいく。この辺りは高度2000m以上、酸素が薄い。しかし数々の優秀なマラソンランナーを生んだ心肺機能と強靭な脚力を兼ね備えたエチオピア民族にとって、こんな山道は軽い朝の散歩なのだろう。チップ君は涼しい顔してドンドン進んでいき、ストロングマンであるはずのオイラは歯がたたなくなってきた。時折休憩を入れながら登っていくと、
「ここを登りきるとフラットになる。物売りがいるがバカ高いから何も買うな」
と丁寧な忠告までくれる。ともかく物売りがいるというとは最終地点も近いのだろう。
「さぁ、あと半分だ。頑張れ。」
え゛まだ半分。
しばしフラットなエリアを歩いた後、また急峻な崖の登りが始まった。ここまで来ると早朝に教会を訪れ、下山してくる観光客ともすれ違う。観光客は例外なくロバに乗っていた。ホントはこれが正解なのかもしれない。ああ息が切れるぅ。乳酸が足に溜まるぅ。
「ウェルカム パラダイス(天国へようこそ)」
観光客と共に下山するガイドが声を掛けた。アシュトン・マリアムは地元では最も天国に近いところとして崇められている。だが、今の僕に、ここは地獄のように感じられた。
最終更新:2016年08月24日 10:03