研究の背景

 2000年前後より、メディア上では「ジェンダーフリー」や「男女共同参画」に対する批判的言説が量産された。その言説の担い手は主に保守系のメディアであるが、(講演、勉強会、ミニコミなどの)ローカルメディアからマスメディア、そしてネットなどの個人メディアを媒介として多くの「普通の市民」達の間にも「ジェンダーフリー」「男女共同参画」(という言葉の元に収斂されたイメージとしての「フェミニズム」一般)への否定的イメージが浸透していき、各方面にてクレイム申し立ての応酬が行われ、「社会問題として構築」(スペクター&キッセ)されていった。

 その結果、2006年頃の日本では、実際にジェンダーフリー運動に関わっていたフェミニストは一部であるものの、フェミニストと言えば「過激な」「行き過ぎた」という枕詞とセットになったジェンダーフリー論者として想起されやすいという状況となっていた*1。このような現象について「フェミニズム」は「フェミニズムへのバックラッシュ」と認識し、応答を加えながらコミュニケーションを展開していた。その応答に共通するスタンスは、バッシング現象への認識を深め、共有したうえで、ジェンダー概念や男女共同施策、いくつかの教育方法や理念などを擁護するというものであるといえるだろう。

 現在、フェミニズムはバックラッシュをどのように「理解」しているのだろう。フェミニズム辞典『The Women's Movement Today: An Encyclopedia of Third-wave Feminism』(Leslie Heywood編、Greenwood Pub Group、2005)において、バックラッシュは次のように解説されている。

 Sir Isaac Newton's famous Third Law of Motion states that "for every action there is an equal and opposite reaction." This is precisely the process described by the term "backlash," which denotes a counteraction not against physical forces but against social or political events. The word took on a specifically feminist slant with the publication of Susan Faludi's book, Backlash, in 1992.The main thrust of her argument is that feminism has become the victim or its own success, since the immense social changes it has instigated are being attacked by a reactionary, or conservative. counter-ideology.

 また、『岩波女性学事典』(岩波書店、2002)において、「バックラッシュ」は次のように解説されている。

 一定の影響力を得たフェミニズムへの巻き返し、逆流の現象。スーザン・ファルーディは、1970年代から一定の進展を見せてきたフェミニズムに対して80年代に現れたさまざまな反動について『バックラッシュ』(92年、邦訳94年)で論じた。それらは、性別秩序の変動期に生じうるさまざまな問題に加え、レーガンおよびブッシュ共和党政権の新自由主義政策の歪みから生じる問題まで、すべてフェミニズムの進展のせいだと宣伝し、攻撃するものだった。日本では、80年代にセクシュアル・ハラスメントの問題化に対するマスメディアの反発が現れた。90年代、長期不況になると、少子化、核家族の揺らぎ、子どもたちの社会化の欠落、男性が社会的に抱えている問題などの原因をフェミニズムに帰する言説や、慰安婦問題を否認する歴史修正主義的言説が現れ、一定の影響力を獲得しつつある。(細谷実)

 これらフェミニズムのバックラッシュ観に大きな影響を与えているもの、あるいはかようなバックラッシュ観において重要な参照元となっているのは、ファルーディの『バックラッシュ 逆襲される女たち』(新潮社、1994)である。同書における論述スタイルは、メディア上に浮遊する女性像に対する「誤った」統計やラベリングを元に行われる、「女性が誤った道に進んだのは『フェミニズム』の仕業である」と主張するバッシング言説を列挙しながら、その「不当性」を批判するというものだ。それは、一言で言えば「批判者を嗤い、濡れ衣を乾かす」とするスタンスともいえるが、この系譜立ておよび「解説」からも伺えるように、現在のバックラッシュ研究およびフェミニズムに関する議論においては、「運動」としてはバックラッシュに対しては「守り」に入る一方で、「保守」言説の批判的考察の枠を超えたバックラッシュの機能分析およびバックラッシュの背景の分析、あるいはバックラッシュ以後のフェミニズム理論およびメディア戦術の見直し、および学問的考察と吟味は現時点では積極的、十分には行われていない。特に、フェミニズムのコミュニケーションにとってバックラッシュとして観察される「現象としてのバックラッシュ」が、どのような背景と社会的機能を持っているのかという視点からはほとんど論じられていない。

 そこで本稿は、これらの論点について考察するため、「はじめに」で述べたような方法論を用いて記述と分析を行う。筆者はメディア研究、コミュニケーション研究、および流言飛語研究の一環として「バックラッシュ」をサンプルとして取り上げているが、本稿がひとつの言説史として今後、メディア論や流言飛語研究の枠を超えた、様々な分野における研究の一助となれば幸いと考えている。



【関連書籍】









最終更新:2007年10月31日 23:24

*1 このような視点に立ってこれまでに発行された書籍には、日本女性学会・ジェンダー研究会編『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(明石書店、2006)、若桑みどりほか『「ジェンダー」の危機を超える!―徹底討論!バックラッシュ』(青弓社、2006)、木村涼子編『ジェンダーフリー・トラブル』(現代書館、2005年)、浅井春夫ほか『ジェンダー/セクシュアリティの教育を創る』(明石書店、2006年)、奥山和弘『ジェンダーフリーの復権』(新風舎、2005年)、浅井春夫ほか『ジェンダーフリー・性教育バッシング―ここが知りたい50のQ&A』(大月書店、2003)などがあり、その他リベラル寄りの雑誌やフェミニズム系の冊子などでも同様の特集が多く組まれた。