426 名前:名無しさん@秘密の花園 本日のレス 投稿日:2009/07/09(木) 21:57:28 KUmwqVdL
かじゅもも。タイトルは新婚さんいらっしゃいまし。透華様は出てきません

トントントン。台所から響く一定のリズム。
私はどうしても落ち着かなくて、無造作に置かれた雑誌へと再び手を伸ばした。
さっきから何度同じ記事を読んだことだろう。その端から端までをすっかり全て覚えてしまいそうな程には読み返したはずだ。
だというのに、気がつくと内容など一字一句覚えていやしない。
いそいそと文字の列を目で追いはするけれど、実際には神経の全ては扉の一枚向こう側に集中していた。
はぁ。一体全体どうしてこうなったんだったか…。

ーーーーーーーー

あれは帰り道だった。私はいつも通りにコンビニに寄って、夕食でも買いこもうとしていたのだ。
いや、体によくないことは分かってはいるのだが、夏のこの時期になると急に火を使うのが億劫になる。
少しだけ健康に気を使って、五穀米を用いたものにするか、簡単にサラダバーだ
けで済ませてしまおうか、と商品とにらめっこして悩んでいると不意に肩が叩かれた。
情けない話だが、私は驚きすぎて逆に声もでなかった。
まぁ、それは幸いだったのだが、振り返ってみても姿が見えない。
2ヶ月前の私ならば、心霊現象だと思ったか、もしくはなにかの気のせいだと自らを納得させていたのかもしれなかった。
しかし、今となってはこういうときの対処法はすっかりと身に付いている。
モモ…と小さな声で呟くと、虚空からするりと彼女が現れる。
私にも分かりやすいように少しだけ大きなアクション。左手には大きなスーパーの袋。右手には長ネギ。
私だけに分かるモモの少しだけ得意気な表情。ぐいっと右手を突き出して、国産で1本68円っす!!と彼女は嬉しそうに語る。
どうしたのかと尋ねると、私がコンビニもので夕食を済ませることが多いと聞いて急いで買い物をすませてきたのだ、とモモは笑った。

それならばコンビニにはもう用はない。重そうなスーパーの袋をモモから取り上げ、私たちは家へと向かうことにした。
しかしよくよく考えみると恥ずかしい。
一人暮らしのため、突然の来客にはなにも問題はないのだが、モモが今から部屋に来ると思うと、急に色々と気になり始めた。

掃除はキチンと終わっていたか。
取り込んだ洗濯物は畳んだのだったか。
モモの好きな紅茶のストックはまだあっただろうか。

いつもなら大して気にかけないようなことがどうしても気になった。

頭の中をぐるぐると混乱させ、ボーっと歩いていると、モモの手が私の右手をギュッと強く握った。
少し不安気な笑顔。すまない、なにも無視をしていた訳じゃないんだ。
いつも見ているよ…忘れたんじゃなくて、キミのことで頭がいっぱいだっただけ。
答える代わりに、指先に込める力をほんの少しだけ強めた。

ーーーーーーーー

そして家について30分。二人で束の間のティータイムを過ごすと、モモは夕食の
準備に取りかかると言って、台所へと入っていったのだった。
台所への扉が閉じる一瞬の間に、隙間から見えた淡い桃色の着衣。
それからだ…私がそわそわと落ち着かなくなってしまったのは。
いきなりどこから用意したのであろうか。いつもモモが家で使っているものなのだろうか。
ふわりと柔らかそうな生地に、機能性も備えた大きめのポケット。
あの可愛らしいエプロンを、扉の一枚向こう側ではモモが身につけているのだろうと考えると、胸の鼓動は加速度的に速くなっていった。

扉の向こうから少しはずれた調子の鼻歌が聞こえてくる。
ぽわぽわと柔らかいメロディが、モモに合っていて可愛らしい。
もしかしたら私はここにいると言っているのかい?そんなことしないでも私はキミを見失いはしないというのに。

ドキリと胸が痛むのを感じた。身体がまるで自分のものでないみたいにモモを求めだす。
薄い扉を音がたたないようにそっと開ける。隙間からは二つのコンロを精一杯使って楽しそうに料理をするモモの姿が見えた。
細い腰と、ふっくらとした胸からお尻へのラインが、よくエプロンに似合っている。
その腰を引き寄せたいと思う私はやらしいのだろうか。
ゴクリと生唾を飲む。モモから視線を外せない。
調理のために纏めて上げた髪と、のぞくうなじが眩しい。
すると不意に、モモが振り向いた。

「すぐにできるっすから、もう少しだけ待ってほしいっす。」

モモの笑みはどこまでも柔らかい。疚しい視線を注いでいたことが恥ずかしくなってくる。

「い、いや。いいんだ!!モモのエプロン姿を見ていただけで…。」

なっ…なにを口走っているんだ私は!?これではまるで変態じゃないか。
モモが俯いてしまっている。おしまいだ…なんでこんなことに。

「そそるっすか?」

チラチラとエプロンの裾を捲りながらモモが微笑む。
白い太ももが目に入って私は思わず目を反らした。

「ばっ、馬鹿言っているんじゃない!!」

なんとかそう叫び、台所から逃げ出すけれど、扉の向こうからはモモのくすくすという笑い声が響いていた。

なにも手につかない。
よくよく思い返してみると、私の部屋には最低限の生活用品以外に、たいした物がない。
いつもはどうやって時間を潰していたのだったか急に分からなくなって、私は意味もなくテレビのチャンネルをいじっていた。

「できたっすよー!!」

台所からモモの声が響く。胸がドキリと大きく音をたてた。

「今行く。半分私が持つから無理をするんじゃないぞ。」

台所への扉を開け放し、モモの通る道をつくる。どうやらパスタとスープを作ったらしい。
湯を沸かしている調理場にたっていたためか、モモのうなじには汗が光っていて、それがなんだかとても艶めかしく見えた。

「じゃこと梅の冷製パスタと、トマトとコンソメのスープっす。口に合わなかったらすまないっす。」

心配そうにしているモモの頭に、ポンと手をのせる。

「あまり気を張るな。作ってもらっただけで十分感謝している。」

モモは嬉しそうに私の腕に腕を絡めると、肩に頭を寄せる。

「あっ、早くしないとのびるっす。固めに仕上げた意味がなくなるっす!!」

そう言うと、モモはいそいそと料理を運んでいく。
手伝おうとすると、待っていてほしいっす、と言われてしまい、私にできることはぴょこぴょこと動くモモを眺めることだけだった。

結論から言えばモモの手料理は美味しかった。
あっさりと和風でまとめられたパスタに、さっぱりとしたスープ。
最近の暑さに正直まいっている私にとっては、実に食べやすかった。
モモは時間がなかったから色々と手が抜かれていると少し不満気だったが、頭を撫でてやると満足したようだった。

「そういえば今日はどうするんだ?泊まっていくのか?」

モモはうんうんと頷くと、ついっと私の隣までやってくる。
私よりも少し低い位置に肩があって、モモが急に儚い存在に思えてきた。
くいっと肩を寄せる。モモは強く触れたら壊れてしまいそうな脆さをはらんでいる。
それがどうしても愛しくて、モモをギュッと抱き寄せた。

「デザート食べるっすか?」

艶っぽいモモの声が響く。耳元にかかる吐息がどこまでも熱くて、私の心を乱すのだ。

「桃のデザートかい?」

モモは恥ずかしそうにこくりと頷くと、体を寄せてくる。
私の視界にはもうモモしかうつらなくて、彼女をギュッと抱きしめた。
夜はまだまだ始まったばかり。欲望にとらわれるのもたまには悪くないだなんていう考えは間違っているかな?

ーーーーーーーー

トントントンという小気味よい音で目を覚ました。
寝過ごしたかとベッドから飛び起きたが、携帯の時計が示すのはまだ6時半。
時間には十分余裕がある。昨夜は随分と汗をかいた。
シャワーを浴びようとバスルームに向かう途中、忙しなく動いているモモが目に入った。

「もう朝ご飯できるっすよ!!私は先にシャワー借りたっす…先輩も早く入ってきてください!!」

分かったと軽く返事を返すとモモはにこりと笑う。

「それともお背中流すっすか?」

モモの言葉にバカ言うなと顔を真っ赤にして答え、いそいそとバスルームに逃げ込むと、くすくすという笑い声が台所から聞こえてきた。

これはまるで新婚のようだな。そう考えると急に恥ずかしくなってくる。
そういえば昨夜の夕食にはネギは使われていなかったな。モモは最初から泊まる気だったのか。
高校生らしくない生活だとは自分でも思う。けれどこんな生活もなかなかに幸せだ。
目を覚ますと味噌汁の匂いがする新婚気分。
扉の向こうからモモの呼ぶ声がする。
もう一度熱い湯をくぐると、今行くと返事をする。
少し奇妙なこの関係。手離すものかと胸に誓うと、私はシャワーの元栓をキュッと閉じた。

Fin.

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最終更新:2009年07月11日 21:35