829 名前:Cherry fruits day ◆UOt7nIgRfU 投稿日:2009/05/06(水) 00:04:09 Nbae4aZx
「おーい!差し入れ届いたじぇ~!」
初夏の便りが届き始めた6月の晴れた日、旧校舎上の部室に
元気な声が響いた。頭上に上等な桐箱を掲げた優希が、
通常5割増の笑顔をキラキラと輝かせて乗り込んできた。
「おっ、それは一体なんじゃあ?」
「ふふん♪旬の高級果物だじょ!」
雀卓横のサイドテーブルに桐箱を置くと、手早く包装をほどく。
「…この匂い……さくらんぼかしら?」
部室奥の本棚前で書籍をパラ読みしていた久も輪に加わってきた。
「ご名答だじぇ☆しかも山形の佐藤錦!」
勿体付けるようにゆっくり上蓋を開けると……艶めいた真っ赤な
宝石と見紛うばかりのさくらんぼが燦然と現れる。
「うわぁ…すっごくきれいだね……」
「ここまで粒ぞろいなのは、私も見たことがありません……」
肩を並べて覗き込んだのは、咲と和。箱の中の眩い輝きに
思わず同時に息を飲んだ。
「京太郎! 何をぼーっと突っ立っとる! お茶を淹れるじょ!」
「へいへ~い、了解しましたよ、わがまま姫」
肩の高さで手をひらつかせ、外の給湯室へ消えていく――。


場所をローテーブルへ移し、人数分用意されたダージリンティーと小皿を
前に、ちょっと豪勢な午後のティータイムが幕を上げた。
夏の走りを感じさせる透き通った青空と涼やかな風が、
テーブルの上の赤い主役の上を軽やかに撫でていった。

「ひゃー! あんまくて美味しいじぇ~!」
「そうじゃのう、一粒数百円は伊達じゃないけぇ」
「優希、種はちゃんと受け皿に出しなさい。みっともないわよ」
ひょいぱくひょいぱくと食べ散らかす優希をたしなめる久の顔も
さくらんぼの甘さに綻んでいた。

「ほんと美味しい…。こんなの食べたことないよ」
舌の上で踊る甘熟の風味に、咲も目を丸くしつつ賞味する。
ふと、咲の受け皿に並べられたものを目にした和は、間を置いて
頬を染めた。
皿の上には、器用に結ばれたさくらんぼの茎が5つ並んでいた。
不自然に動きを止めた和に気づき、その視線の先を追った
まこと久も、それに目を奪われた。

(これは…宮永さんは意味を分かってるのかしら…?)
(いやぁ、ゼロ子のことじゃ。いつもの天然じゃろう?)
(そうだとしたら……宮永さん、なんて恐ろしい子…!)

こそこそと耳打ちする二人を不思議そうに眺め、6つ目の結ばれた
茎を口から出し、そっと皿に並べる咲。
「?  どうかしましたか?」
「…あっ、いや、何でもないんじゃ。」
慌てて咳払いでごまかすが、疑問は解消された訳ではない。
「なぁ咲…あンた、その茎はどうしたんじゃ?」
「あ、これですか? 小さい時からこうするのがクセで…」
「……意味とか分かっとるんか?」
「………?」
きょとん。と首を傾げる咲の隣、さくらんぼに負けず劣らず真っ赤な
頬を晒す和。その様子を比べ眺めていた優希が茶々を入れた。
「咲ちゃんはテクニシャンなんだじょ! この技能があれば、
 のどちゃんだってメロメロにされちゃうじぇ~!」
「な……っ! そ、そんなことは……!」
勢い良く立ち上がった和が否定の声を上げるが、赤く染まった顔が
証拠なし。を高らかに告げていた。
「ほんとか~? 咲ちゃんのキスでトロトロに蕩ろかされてるんじゃ
 ないのか~?」
そこまで言われて、鈍さに定評のある咲もようやく気づき、かあっと
赤くなる。
「なになに? 咲と和が…キスだって?」
「京太郎! カップを洗ってこい! 話はその後だじぇ!」
体よく追い出された空気担当の姿が消えてから、尋問タイムが
始まった。

「え、この、これは別に…」
「ウチは見てたじぇ☆ 平均アベレージ15秒の早技だったじょ!」
「それとこれとは話が…!」
ちらりと諸先輩方にヘルプを縋る目線を送るも、ニヤニヤと笑って
傍観を決め込んでいた。
「で、どうなんだじょ!? 吐いちまえば楽になるじょ!」
「……っ! そ、それはまぁ…宮永さんのキスは…気持ちいい…けど」
「はっ原村さんっ!」
「落ちたじぇ~! ボス、ホシが吐きましたじぇ!」

開け放たれた窓から、夏の香りをのせた風が入り込む。
涼風に当てられても被告2人の熱は一向に引かなかった。

「…そう。睨んだとおりだったって訳ね」
「仲良すぎだとは思っとったんじゃが、ビンゴだったとはのう」
「ウチはとっくに分かってたじぇ! のどちゃんは咲ちゃんが来てから
 ずーっと熱っぽい目で追ってたからバレバレだじょ!」
脱力したように、すとんとソファにへたり込む和。それを心配そうに
見上げていた咲も、顔を下に向けてグっと黙り込む。

「色恋は別に問わないから不安がらなくても大丈夫よ」
「そうじゃの。ウチらも人のことは言えな…」
ぎゅう~っ! と、見えない背中をつねり上げられるまこの顔色が
変わった。

「どれほど気持ちいいのか、見せて欲しいじょ~☆」
「「えええぇぇぇっ!」」
驚嘆の声が見事に重なる。目の前の3人の中に味方はいない。
むしろ期待のまなざしを向けてくるような状態だ。
まな板の上の鯉とは今、この瞬間をいうのだろう。
どうしようもない危機的状況に、縋れるのは誰もいない。思わず
隣の咲に助けを求めようと身を寄せると、真剣な眼差しを送られて
いることに気づいた。
(み、宮永…さん)
(原村さん……これは回避出来なさそう…)
(そうですね………こうなったら軽く見せるだけ見せて終わらせましょう)
こくん、とひとつ頷く咲。身体を向き直し、ゆっくりと震える手を
和の頬に添えた。
「おおっ! 始まるじぇ!」
「しっ……! 静かに…」

頬にあてがわれた掌の熱に心地良さを感じる。互いの瞳に互いの姿が
映り込んでいるのを見ていると、気分が高揚してきて二人だけの空間を
作り出していく錯覚が、広く大きく放物線上に拡大していった。
薄く開かれた唇同士が重なると、少しずつ角度を変えて幾度も
離れては合わさり、その度に小さく吸いつくような音が弾けた。
次第に口づけは深くなっていき、ぴったりと合わさった中から、粘膜が
絡まり合うくぐもった音も漏れ聞こえてくる。腕で互いを抱え込み、
口腔内を総て味わい尽くさんばかりに深く深く絡み合う。
時折、和から鼻にかかった甘い吐息すら漏れてきた……


「……んぅ…ふっ、 はぁ…っ みや…な、がさん……」
「んんっ……ぅ…  はらむ…ら…さん、…好き……」


「なぁ。かれこれ3分は過ぎたんじゃが」
「すごいじょすごいじょ……大人の世界だじぇ…」
「これで回数1回カウントだって言うのかしら……とんでもないわ」
「なー、洗い終わっ…」
「男子禁制だじょ!」
「どわあぁっ!!!」
戻ってきた京太郎の顔面に、ハイパータコス・メキシカンヒップアタックが
炸裂し、空気担当は退場となった。

ようやく唇を離し、解放された和の表情は完全に蕩ろけ切り、咲の制服の
腕の部分を握ってないと倒れ込みそうな状勢に。
「はぁ……はぁ…、宮永さん…私も、好きです……」
「原村さん……」
どちらのものとも区別がつかない唾液に濡れた和の唇をひと舐めし、
長い長いキスが終わった……。

「…さっきは許可したけど、人前でしちゃダメよ……」
「充分淫行罪モンじゃあ……」
「咲ちゃん、天然タラシだじぇ……披露宴には呼んで欲しいじょ…」

「ハッ! あ、ああ、あのですね、見せてくれって言ったのはそっちで…!」
現に戻った咲は、慌てて言い訳を並べるが時既に遅し。

「3分半もしろとは言ってないけど?」
「あ……あぅ;」
「まぁいいわ。仲違いするより100万倍良いことだし?」
「そうじゃなぁ…」


斯くして、清澄高校麻雀部公認になった咲と和。
熱烈な接吻にアテられたまこと久が、その晩何をしたかは、
また別のお話―――――――。

ーENDー

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最終更新:2009年07月11日 14:28