119 名前:A hidden Honey  ◆UOt7nIgRfU [sage] 投稿日:2009/05/14(木) 21:19:22 ID:ZSiyBYrz

駅前の時計台の針が午前11時を差す頃、噴水広場に歩を進める
少女の姿があった。若干早足で、ちらちらと手の中の携帯を
気にしながら――――。

「…ギリギリ到着、か。ひとまず遅れなかっただけでも……」

辺りをぐるっと見回し、安堵の息をひとつ落としてからひとりごちる。
突き抜けるような心地良い鐘の音が11時を告げた。待ち合わせた
者の姿はまだ見あたらなかった。

「……………。」

夏特有のギラついた日射しに目を細め、特徴的な薄紫色の髪を
かき上げて、加治木ゆみは真っ青な空を見上げた。

まばゆいくらいの入道雲、気温は真夏日を超えてはいるが、
湿度が低く、時折吹き付ける風はひたすらに涼やかだった。
風の中に、僅かながら次の季節の色が含まれていることに
ゆみは体全体で感じる。

「……あの予選からもう2ヶ月…か」

目を閉じればありありと思い起こされる県予選の激闘。想像を
遙かに凌駕する名勝負の場に、自分が身を置いていたことが
遠い夢のように思える。

下馬評にも載っていなかった鶴賀が決勝まで進んで、観る者に
強烈な印象を残せただけでも今後につながるだろう。
3年の自分はもう次はないが、後に続くメンバーに一切の心配は
ない。来年になれば新入生も入る。目にかけた東横桃子の
活躍に期待したいところだ、と思いを巡らせていると、広場で羽を
休めていた鳩が一斉に飛び立った。周囲の人は何が起きたか分からず
キョロキョロしている。
しかし、ゆみには分かっていた。

「モモ、5分の遅刻だ」

「…たはは、もう見つけられたっす」

「分からない訳ないだろう。お前の姿はいつだって見えるからな」

ゆみの右後方から声がし、ゆらりと空気が揺れて桃子の存在が
薄く浮かび上がった。注意深く見ないと気づかぬ人が大半だろう。
だが、ゆみにはその存在が手に取るように分かる。

「…せっかくのデートなんで、何を着ていくか迷ってたら遅れたっす」

「そうか。……白い服、似合ってるぞ。モモにしては珍しいな」

「てへへ…夏ですし、デートっすから冒険したっす」

そうつぶやいたモモの顔はやたらと喜色に染まっていた。可愛らしい
反応にクラクラと目眩を起こしそうだったが、ニヤケ顔の醜態だけは
晒すまいと冷静さをつとめる。

「ま、まぁモモは何を着ても…その、可愛い……がな」

「…………////」

ギシっと甘い空気が充満する。すっかりベタ甘全開になってしまった。

「と、とにかく移動しよう。どこか行きたいところはあるか?」

「あ、そ、そうっすね! えーと、この前オープンした猫カフェ、
 そこ行ってみたいっす」

小綺麗なビルの5Fに先月開店したばかりの猫カフェ目指して移動する
こと数分。自然な流れで腕を組んで歩いた。その間、二人とも無言で
あったが、バクバクと鼓動は早鐘を打ち続けていた。

「いらっしゃいませ~♪ ねこきっさへようこそー」

エレベーターを降りると、エプロンをかけた小柄な店員が出迎える。
手を消毒して店内へ。

簡単な説明を受けてカフェラテを2つ注文して、ソファに腰を落ち着ける。
そこかしこに猫が悠然と闊歩し、自由に気ままに過ごしていた。

そんな猫達の様子に目を輝かせて、撫でたりこねくり回したり、
猫じゃらしで遊ばせたりと、モモは猫遊びに余念がない。

「先輩先輩! この子、むっきーっぽくないっすか?」
「人なつっこいっすねぇ……蒲原先輩っぽい?」

ことある毎に振り向いて、うれしそうに猫報告をするモモを、カフェラテに
口を付けながら見守る。モモの腕の中に収まった三毛猫が、甘えて
モモの鼻の頭を舐めた。くすぐったそうに笑うモモを見据え、ゆみの
心は少しザワつく。

(初対面でそれはちょっと馴れ馴れしくないか? 猫…)

猫に嫉妬の感情を抱いてしまった自分に、心の中で嘲笑してしまう。
それほどまでに、モモのことを想っている自分にも気づいて、
ごまかすように座り直したり、別の猫に目をやったり……

「せーんぱいっ」

不意の言葉に視線を戻すと、目の前には先ほどのカマボコ似(モモ説)の
三毛猫が視界を覆った。瞬間身を引いたが、声を上げずに済んだ
のは助かったと言わざるを得ない。クールさが信条なのだ。
不意打ち猫で驚く訳にはいかない。
三毛猫を抱っこしたまま、2人掛けソファに腰掛けるモモ。

「この子、すっかり甘えっ子モードっすね~♪ 溶けてるっす」

見れば、喉をゴロゴロ鳴らしてモモの腕の中ででろでろに体を預け
きっている。その位置が羨ましくもあり、様々な感情が渦巻き、
じっと三毛猫を見つめてしまった。
その視線に気づいたモモは、ゆみの心の中を見抜いたように
そっと耳打ちする。

「こうして身を寄せてると、この子って私たちの赤ちゃんみたいっすね」

「…なっ、あ、赤ちゃ…っ!」

突如の甘々発言に、ついにクールさが崩壊した。頬を染め、何とも
言えぬ表情でモモを見つめると、にまにました顔が見えた。

「そんな未来を夢見ちゃ迷惑っすか?」

「い、いや、そんなことはない…むしろ、モモとなら……」

「……うれしいっす」

「一緒に住むようになったら、猫を飼おう。それでいいか?」

「………はい」

猫カフェの隅の二人掛けソファの上で真っ赤なゆみとモモ。端から見れば
どんな状況かわかり兼ねるが、そんなことは二人には関係のないこと。
今はただ、この幸せな空間がいつまでも続けばいい。と強く願うだけ。

「一緒に済むんなら、“先輩”って呼べなくなるっすね」

「そうだな…いつまでも先輩じゃおかしいしな」

「んー……じゃあ“かじゅちゃん”っていうのはどうっすか?」

「モモがそう呼びたいなら、断る事は出来ないな」

「決定っすね。これからはそう呼ばせてもらうっす♪」

「ん……」

照れ隠しなのか、三毛猫を顔のところまで抱え上げ、色々いじり出す
モモ。猫をゆみの方に向け「ほーら、パパっすよ~」とちょっかいをかけると、
「パ……パパって言うな…」と焦り倒すゆみ。

猫がつないだ甘い関係。これから先の共に過ごす時間は幸せ一辺倒。
まずはその、第一歩。

ゆっくりゆっくり、歩んでいく。ふたりで、いつまでも……。


-ENDー

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最終更新:2009年07月11日 16:35