――変わった関係――


私がこいつを知ったのは中学生の時だった。
忘れもしない中学3年生の時の都大会。
こいつは私の前に立ちふさがった。
別次元の強さだった。
私のそれまでの自信をうち壊すほどの。

「…宮永?」

初めて見る名だった。
こんな奴今までどこで眠っていたんだ、と考えを巡らすが、それは記憶の中にいなかった。
なんとか個人戦は彼女の次位である、2位になり、全中出場を決めたが、1位であるこいつと私の差は、1位2位という数字以上に大きかった。
何者なんだ……?
表彰式が終わっても私はずっとそればかり考えていた。
そして再戦を、再会を願った。
あそこまで強い彼女とまた闘ってみたい、と。

もちろんそれは、願うまでもなく叶うはずだった。
なぜなら都大会が終わって1か月もしないうち全国大会があるのだから。
でも、あいつは全国大会の会場にやってこなかった。
“棄権”の文字が宮永照の名前の隣に並んでいた。
意味が分からなかった。理解できなかった。
あの実力があれば、全国制覇などたやすいことだろうに。

そして、私は彼女と、宮永照と再会する。
白糸台高校麻雀部で。
彼女は私のことは覚えていなかった。
初対面でなぜ棄権したのかと問うことはできず、時間は過ぎていった。

しかし、不思議に彼女を目で追いかけていた。
彼女はほかの誰よりも輝いていた。
強豪中の強豪と言われる白糸台高校の先輩達に引けを取らない強さを見せ、そして、今の力におごることなく、ただ高みを目指していた。
私にはそう見えた。
そして、そんな彼女に私は惹かれていった。


「んぅ…。」


横で眠る照を見つめた。
そんな彼女が変わってしまったのは高校2年生の時だ。
インターハイを制した後、彼女は誰にも、既に麻雀部で一番仲良くしていた私にすら何も言わずにどこかに出かけた。
そして、戻ってきた時、彼女は変わってしまっていた。
瞳に今までの輝きはなかった。
いや、光を失っているように私には見えた。

「…菫?」

照が布団から顔を出し、私に視線を向けていた。
ん?と答えると、

「今何時?」

と彼女は聞いて、時間を答えると彼女は帰って行った。


 * * *


なんとなく和との距離が縮んだ、そんな気がした。
ほら、今日も一緒に帰ろうって。
手を差し出して言ってくれる。
もちろん私は拒みはせずに受け入れる。
手が冷たい人は心が温かい、なんて話を聞いたことがある。
そんなのは手の温度なんかで分かるものなんかじゃない。
ってずっと思っていたけど、今は少し信じれる。

和の手はいつも冷たい。
それはきっと心が温かいからなんだ。

白糸台に転入してきた頃の和の表情は硬かった。
最初それは緊張しているからかと思った。
でも、そうじゃないなってなんとなく感じてた。
でもほら、今私の隣にいる和の表情は硬くもなければ冷たそうでもない。
いい笑顔でしょ?
きっとクラスの子も、うちの麻雀部も知らない顔なんだよ。

「そう見えますか?でも、淡といるのは楽しいですよ。」

うん、私は確信した。
私が和の1番だと。

そう思うと嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
ん、と振り返った和と目が合い、和もまた微笑んだ。

ほら、この笑顔。
私だけの特権なんだよ。

そう思うとまた笑みがこぼれた。


どちらから言うもなく、私達は気付くと恋人になっていた。


 * * *


むしゃくしゃしていた。
なぜだ?いや、わかってる。
自分と似てると思っていた原村和の変化が気に食わないのだ。
確かに、最初は私と瓜二つだと思えるくらい似ていた。
しかし、今はどうだ?
あいつは私とは違う。
そんな当たり前のことが気に食わなくてむしゃくしゃした。

「菫…。今日、寄るから。」

横目で菫を見ながら言った。
いつからか、この言葉は合図になっていた。
高2のあの時から、これは菫と私の秘密の合図になったんだ。
分かった、と菫は言った。

部活の間、私は原村と淡を見ながら考えていた。
私と原村で何が違うというんだ?
原村と淡の関係は、私と菫のようなものじゃないのか?
何が違うんだ?
微笑み合う2人を見ながら私は唇を噛んだ。

「菫、今日はもう帰る。」

私はぶっきらぼうに菫に告げ、部室を出た。
菫はすぐに追いかけてきて、私の隣に並ぶようにして歩く。

「おい、照。どうしたんだ?」

菫の問いかけを無視して、私は歩いた。
菫はそれ以上何も言ってこなかった。


 * * *


照に妹がいるということを私は知っていた。
照自身が言っていたのだ。
照は覚えていないだろうが。

宮永照は高校1年生のインターハイで牌に愛された子だとか、怪物だとか、魔物だとか言われた。
でも、私はそうは思わなかった。
だって彼女の努力は半端じゃなかったからだ。
誰よりも真摯に、誰よりも時間を費やして麻雀をしていたからだ。

しかし、高校2年生のあの時以来、私は彼女に魔物を感じるようになっていた。
照はまるで麻雀を恨んでいるように私には見えた。
麻雀を憎しみをこめながら打つようになった、そう私には思えた。
そして変わったのは照自身だけでなく、私と照の関係だった。
友達でも親友でもない。
だからといって恋人でもない。

でも、私はそれでもよかった。
私は照が好きだから。
どんな形であれ、彼女のためになるのなら、彼女に私が求められるなら…それでよかった。
だから照が私を求めてくるならば、私は喜んで差し出した。

そして少しずつ照を知っていった。
照は普段、自分のことを話そうとはしない。
しかし、この時だけは違う。
鎧を脱いだような、いつもと違う弱弱しい照が顔を出す。
それは照の記憶には残っていないようだが、私の記憶には残る。
だから知っていた。

照には妹がいることを。
別居の時に妹を選ばなかったことを悔やんだことを。
中3の時に全中に棄権したのは、その日、照の母が倒れたからだということを。
幸い、大したことはなかったが、別居したばかりだからだろう。
照の母のことは父に伝えず、照が看病したことを。
妹が麻雀を嫌いだと言ったことを。

一つ一つを知るうちに、私は照の弱さを、照が変わってしまった理由がわかった気がした。

そして、私はその妹の代わりのようなものにすぎないことも。
でも、代わりでも構わなかった。
照の気持ちが私に向くことがなくても。
それでも、私は照を…。



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視点=菫淡照菫

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最終更新:2010年02月19日 01:16