付き合うと言う事がどういう事か、正直私は分かっていなかったのかも知れない。
好きだと告白したのは、確かに私だ。
でも、付き合えるとは思っていなかった。
だから今の状況は非常に嬉しい訳だが、恋人と言うにはまだまだほど遠い。
それが悲しくもある。
好きじゃなくても付き合ってきた。
あれほど魅力的な人物。惚れた相手が私だけと言うのがおかしい。
それは分かるが、正直この状況は面白くない。
竹井と付き合う事になってから三週間が過ぎた。
その間一度も竹井とは連絡を取っていない。
その事をモモに言ったら、何がっても今日会いに行くように言われた。
付き合っているのに電話一本しないなどモモ曰く、ありえない事だそうだ。
だが、私も過去に付き合った相手は、その事について特に何も言わなかった。
連絡をするのは用がある時だけ。それも私用の用事というよりは、公用の方が圧倒的に多い。それでも、中学は二年間。高校は一年と中学生の時より短くなったが、付き合っていた。
私は基本的に相手を束縛する気はない。会いたいと言われれば会いに行くし、放っておいて欲しいと言われれば放っておく。
これが友達ならそう言う訳にはいかないが、恋人となるとそうしておくのが私にとっては普通だった。
だから付き合っている相手が浮気をしても、その事を責めた事は一度もない。(態々浮気をしたと告白された)
元を正せば、私が相手にそうさせるだけの事をしたのだと言うのは、何となくは分かったから。
浮気をしても私は別にその事を怒ったりはしない。私の知らない所で何をしようとそれは相手の勝手だからだ。その場に居なかった私が、とやかく言うのは間違っている。
だけど、今日は私が勝手に来たとは言え、何を好き好んで恋人の告白シーンを見せられなくてはいけないのだろう。
告白している子は一年だろうか。宮永や原村と同じ赤いスカーフをしている。
そのまましばらく告白シーンを見ていたが、竹井は笑顔で何かを話していた。そして、あろうことか、その子にキスをした。
私は思考が停止して、その場から動けなかった。

「加治木さん」

竹井に名前を呼ばれて、ようやく思考が働き始める。

「竹井。さっきのは?」

努めて冷静にしているが、内心は今すぐにでも竹井の肩を掴んで怒鳴りたかった。

「ああ、一年生の子でね。好きだって告白されたんだけど、私は今加治木さんと付き合っているから断るじゃない?でも、ただ断るだけじゃあの子が悲しむからせめてものお詫びとして、キスしたのよ」

見られているなんて思わなくてと、悪びれもせずに言われる。

「そうか」

ここで竹井に怒りを露わにしても、恐らく何の意味もないだろう。
竹井を観察していて思った事は、他者と距離を置くタイプだと言う事。それはどんなに親しい相手でも変わらない。
実際に合同合宿の時も、清澄の面々とそれ以外との面々と接しているときに何の違いも感じなかった。相手に踏み込まないし、相手にも踏み込ませない。
だから今私がここで先程の行動について怒る事は、寧ろ竹井にはして欲しくない事。それが分かるから、何も言わない。

「それよりどうしたの?加治木さんが清澄に来るなんて」

竹井の疑問は最もだろう。現に私だって、今なぜここに居るのか分からないのだから。

「竹井に会いに来たんだ。迷惑だったろうか?」

まぁ、嘘ではない。と言うか、他に理由が思い浮かばない。

「私に?」
「ああ」
「……そう」

なんだ?何かまずかっただろうか。


「この後何か予定とかあるだろうか?」
「別にないけど」

私は鞄から紙切れを二枚取り出す。

「良かったら一緒に見に行かないか?貰い物なんだが、行く相手が竹井しか思いつかなくて」
「何?映画のチケット。しかも今日まで」
「ああ。今日までなんだが、やはり急すぎるな。すまない。忘れてくれ」

幾らなんでも急すぎるよな。私も思う。

「なんで?いいわよ。私も見たいと思っていたんだけど、行く機会がなくてまだ観てなかったから」
「そうか。よかった。では、行こう」

竹井の手を取り、映画館へと向かった。
上映最終日だけあって、人は殆どいなかった。と言うか、竹井と私の二人きりだった。
そう言えば、映画のタイトルもろくに見てなかったが、一体何の映画なんだ?
映画のチケットはモモが渡してくれた。
竹井に会いに行けと言われたが、『会いに行く用事がないのにか?』と言ったら、モモに今まで一度も見た事がないくらい冷たい目で見られた。
そして、『先輩は恋愛体質じゃないですね』と言われた。
恋愛体質と言うのはよく分からないが、とりあえず何か責められているのは分かる。
そして、『今日までの映画のチケットっす。これを理由に清澄の部長さんに会いに行けばいいっす。本当は先輩と観に行こうと思ってたんすけど』と言われチケットを渡されたのだ。
今私は後悔している。モモのセンスが分からない。
と言うか、妹尾辺りならこれ絶対に拒否されたと思う。
ホラー映画は大抵見る人を選ぶと言うのに。私は別にこう言ったのは得意ではないが、苦手でもないので問題ではないが。
そう言えば、竹井も見たかったと言っていたが、こう言うのが好きなのだろうか。
チラリと盗み見た竹井の目は、子供のように画面に釘づけにされていた。
楽しんでくれているのならいいかと思い、私も映画に集中した。
映画が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

「面白かったわ~」

竹井が少し興奮気味に言うのを、静かに頷き同意する。
多少グロテスクだったが、概ね面白かった。

「もう遅い。駅まで送ろう」

時計を確認して、駅へと向かう。

「送ってくれてありがとう」
「ああ、それじゃあな」

発車のベルが鳴る中、別れを告げる。
扉が閉まりかける頃、辺りを見渡し誰も見ていない事を確認して竹井の唇を奪う。
一秒にも満たないキスだが、誰かに見られているかもと言うのは心臓に悪い。
扉が閉まり電車が発車した。


「さて、私も帰るか」

ここからなら家の近くまで行くバスがあるので、それに乗る為にバス停へと向かう。
バス停に着いてから、今日の竹井に会ってからの自分を振り返る。
今日竹井に会ってした事は、すべてモモから言われた事だった。

『いいっすか?先輩!一番最初に会ったらます、会いたかったって言うんすよ?そして適当に話をして、映画に誘うんっす。多分今からだと見終わる頃には遅いっすから、駅まで送るって言って送るんすよ。
そしてこれから言う事は絶対に実行してください。移動中は出来る限り手を繋いで歩いてください。そして一番肝心なのが、別れ際のチュウっす』

これらを実行するように言われて私なりに実行した訳だが、どれも全部恥ずかしかった。
顔が赤くならないようにするのが大変だった。
でも、モモ曰く、『これをしなかったら、清澄の部長さんと別れる可能性が出てくるっす』との事。
それは嫌なので頑張ったのだが、果たしてそれらの行動にどういう意味があったのか。
携帯のバイブがなり携帯を開く。
メールらしく差出人は竹井とある。
急いで確認する。

『今日は映画に誘ってくれてありがとう。嬉しかった。三週間も連絡なかったから、あの告白は夢なんじゃないかと思ったわ。
でも、手を繋いで歩いてくれたり、別れ際にキスまでしてくれて実感できました。また今度、どこか行きましょう。今度は私がプランを考えるわね。竹井久』

そのメールを見て、キスの瞬間を思い出し顔が熱くなる。
今までそんなふうにした事なかったから、本当に恥ずかしい。
でも、メールの文面からするに私は、竹井を不安にさせて居たことは否めない。
今日モモに言われた事を実行した事で、竹井の不安がぬぐえたのなら恥ずかしいくらいよしとしよう。

「またモモに聞いておくか」

モモの勝ち誇った顔を思い浮かべながら、私はバスに乗り込んだ。

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最終更新:2010年01月11日 02:20