23 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/12/02(水) 01:36:22  ID:5kd8JcCl Be:


 豊かなる一日

 四校合宿の初日。鶴賀学園のメンバーたちが、合宿所に到着した。
 しかし、他の強豪三校のオーラに少し呑まれていた。

「うむ・・・。加治木先輩と桃子はともかく私たちは少し場違いな気がするな・・・」
「そうですね・・・。とりあえず大人しくしてましょうね」
「ワハハ。主役は他にいくらでもいるからな。私たちはあくまで脇役ということで・・・」

 そんな彼女たちを主役にして合宿のある一日を追ってみた。

 1.朝陽がサン (朝)

 朝陽輝くこの日の朝。私と睦月は主催者である清澄の竹井に直談判していた。

「部屋変えてくれよ!あの部屋じゃ寝れないんだよ私たち!」
「一睡も出来ないんですよ!何とかしてくださいよ!」

 私たちが寝れない理由は、私たちの仲間であるユミちんと桃子にあった。
 あの二人、私たちが同じ部屋にいることなどお構いなしに一晩中愛し合っている。
 声がうるさいのもあるが、何より暗闇の中であんなことをしているなんて考えたら
 興奮してしまって眠れるわけがない。これは部屋を変えてもらうしかない。

「わ、わかったから・・・。顔近いって。怖いわよ。とりあえず落ちついて・・・」
「わかってねーだろ!頼むから何とかしろよ!誠意ある対応を・・・」
「うむ!そうですよ!一度やってみなって!絶対寝れないから!」

 その後もボヤキと部屋の変更を叫び続ける私たち。
 あの竹井が困っている。よし、もう一押し・・・そう思っていた矢先だった。

「・・・黙ってください。どうしようもないお二方。どこのわがままな幼児ですか」

 竹井の隣にいた福路がいきなりこんなことを言い出した。口調は穏やかだが内容は過激だ。

「そもそも今回の合宿、一校につき部屋は一つ、そんな最低限のルールすら守れないのですか。
 それに、部員の管理は部長の役目。前部長である蒲原さん、現部長である津山さん、
 つまりあなた方が悪いのです。それなのに竹井さんに文句を言って困らせる始末。
 いい加減にしたらどうですか?いつまで甘えて生きるつもりなんですか?」

「「・・・・・・・・・すみませんでした」」

 朝陽がサン、おはようサン。私たちは散々。今日は悲惨な一日になりそうだ。

 2.私たちはそうやって生きてきた (昼)

 麻雀をしていて、相手からリーチが来てすぐに安全牌落として逃げて・・・。
 そんなときいつも思う。私の人生はベタオリだけだ。
 頭のよさ、才能、スタイル、カリスマ、金・・・。私は何も持っていない。
 麻雀だって配牌がカス、ツモも最低だったら降りるしかないだろう。つまり不戦だ。
 私も自分の窮状をワハハと笑い飛ばして、試練と戦わない日々を送っていた。
 
「いや~・・・部長との付き合いは高校一年のときからじゃったのう」
「甘いじぇ染谷先輩!私とのどちゃんは中学時代から仲が良かったんだじょ!」
「ふふふ・・・。僕と透華は小学生の時に運命的な出会いを果たしたんだ。一歩上だね!」

 今対局している連中がそれぞれ自分の好きな相手について語っていた。
 私なんか、佳織とまだガキの頃から十年以上いっしょに遊んでたんだ。お前らより上だ。
 佳織か。佳織との関係も、私はベタオリとはいかないまでも回し打ちを続けていた。
 私は佳織が好きだ。でも、もし拒絶されて今の関係が崩れたら・・・と考えると
 とてもじゃないが勝負になんか行けない。それに、告白なんかいつだって出来る。
 いや、佳織と恋人になんてなれたら最高だが、何も今やることはない。
 今は友達のままでもいい・・・。そう思っていた。

「いや~。でもいつでも告白できるチャンスがあると思ったのがまずかったのう。
 気がついたら風越のキャプテンに取られてしもうたわ」
「そうだじょ。のどちゃんも今では咲ちゃんに完全にイカレちまってるじょ。
 まあ咲ちゃんがお姉ちゃんしか見てないからそれが唯一の望みだじぇ・・・」
「僕も透華と結ばれるのは決定事項だと思ってたのになあ・・・。
 この合宿で透華、原村のことばかり見ているんだ・・・。ハァハァしながら。
 こんなことなら早くこの想いを言葉にするべきだったよ・・・」
 
 すっかり暗くなっちまった。チャンスを逸した敗者たちの悲しい姿だ。
 いつまでも機会がある、そう思って保留を続けているうちに出し抜けを食らった。
 私だって他人事じゃないのかもな、そう思って佳織のほうをちらりと見た。

「妹尾さんってかわいいよね。俺の周りにはなかなかいないよ、こんな美人。
 好きなやつとかいないの?もし恋人がいないんだったら俺が立候補しちゃおうかな・・・」

 マジか。こんなちょうどいいタイミングであるのかよ、こんなこと。
 龍門渕の井上に迫られている佳織。ここで私が取る行動パターンは3つ。

「ワッハッハ~!イケメンに誘われてよかったじゃないか、佳織!」 ベタオリ。
「おいおい、私の大事な幼馴染にちょっかい出すなよ~?」 これまでどおり、回し打ち。
「この私が佳織の恋人だ!手を出すんじゃあない!」 まさかの暴牌。ありえない。

 そうだよなあ。今この部屋には皆いるし、ここは二番目の案で、無難に・・・・・・。
 こう考えた。しかし、この瞬間、私の中で何かがはじけた。
 私は今までベタオリばかりの人生を送ってきた。まあ頑張って回し打ちだ。
 真剣に何かを頑張ったこと、戦ったことがあったのか?いや、ない。
 たとえ失敗しようがここは勝負だ。私の中の何かが、私自身を押していた。
 ここで強く行けなかったら、私は一生後悔する。

 そして私は対局中であるのにも関わらず、佳織と井上のいるところに向かった。

「あ・・・。さ、智美ちゃん・・・」
「ん~?何だアンタ。いきなり何の用・・・・・・」

 生涯初めての大勝負、超危険牌通し。私は緊張が極限に達していた。

「いいか、よく聞け!この私は佳織の・・・・・・」

 3.流星 (夜)

 夕ご飯の時間のあと、私と智美ちゃんは二人で旅館の外を散歩していた。
 今日は天気がよくて、夜空の星も最高にきれいだった。

「きれいな夜空だね、智美ちゃん」
 私がそう言うと、それまで黙っていた智美ちゃんは小さい声で答えた。

「・・・ああ。ところで、きれいといえば、やっぱりこの合宿に来てよかったよ。
 他校の本当に綺麗で美人なカワイコちゃんがいっぱい見れるからな、最高だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「げっ・・・。お、怒ったか?佳織。軽い冗談だってば・・・。」

 私は怒ってなんかいない。むしろ、少しおかしくて、笑いをこらえるために黙っていた。

「うん。わかってるよ、冗談だって。照れ隠しなんだよね?」
「・・・・・・やっぱりばれてたか・・・」

 今日のお昼。智美ちゃんがみんなのいる中で叫んだ言葉はこうだった。

『いいか!よく聞け!この私は佳織の婚約者だ!・・・・・・あ、あれ・・・』

 何て言うつもりだったのかはわからないけど、いきなり登場してこれだからね。
 しかも今まで恋人同士でもなかったのにね。色々段階を飛び越えてる。

「ワハハ・・・。あれは緊張してたんだよ。恥ずかしいから言うなって」
「でも私はうれしかったよ?十年以上待ってたんだから」

 私はずっと智美ちゃんのことが好きだった。小学校に入る前からだからね。

「・・・佳織が変なこと言うからせっかく星の数数えてたのに飛んじまったよ。
 また一から数え直しだよ。え~と・・・。いいや、やめにしよう」

 きっと智美ちゃんも同じだったんだね。私といっしょで、言いたくても言えなかったんだね。
 傷つくのが怖かったんだね。私も怖かったんだよ。でも、もうそんな心配はしなくていいね。
 
「あ、流れ星だ!見たか佳織!?」  智美ちゃんの願いはなんだろう。
「え?見れなかったよ。残念だなあ」 私は何を願おうか。私の欲しいものは・・・

「何だよ~。見てないのかよ。・・・よし、もう少し二人で散歩しようか。
 旅館に戻るのはもっと後でいい。それより二人きりで・・・・・・」

 そう言って私の手を引っ張って早足になる智美ちゃん。私たちは、流れていく。
 小さい時私が流星に願ったものは、いま、確かにここにあった。

 4.むつきチャン (深夜)
 
 私は実はどこか遠い国からやってきたお姫様だ。とっても強くて金持ちの国だ。
 パーティーだってパレードだって毎週のようにやってるおとぎ話のようなところさ。
 でも縛られるのが嫌でこのちっぽけな島国に逃げてきたのさ。豪華なお城から抜け出してね。
 やっぱり自由は悪くないな。うるさいメイドも教育係も許婚もいないからな。
 かっこいいだろう?そんな私の名前はむつきチャン。

 ・・・妄想である。妄想でもしなけりゃやってられない。今日も寝れない。
 朝、共に抗議した蒲原先輩はすっかり向こう側の人間になってしまった。
 しかも新婚初日じゃないか。くそっ!人の迷惑を考えないで欲望に身を任せる人達だ。
 でも、少しうらやましいな。私にもいつかあんなことをする相手が出来るのだろうか。

『睦月さんへ お元気ですか。合同強化合宿はどうですか?
 美味しい料理を食べて、綺麗な景色を見て、きっと楽しいんでしょうね。
 今度睦月さんともそんなところに遊びに行きたいと思っています。
 ではでは、合宿、頑張ってください。      数絵』

 これは私があの県大会で知り合った南浦数絵が私に送ってくれたメールのうちの一つだ。
 数絵とはなぜかトントン拍子に仲良くなり、すっかり友達になっていた。
 そうだな。今度機会を作って数絵とどこかへ旅行に行きたいな。

「最高の景色ですね~。ご飯もおいしいですし・・・。来てよかったですね、睦月さん」
「ああ。・・・しかし、どんな景色よりも美しくて、どんな料理よりも美味なのは・・・、
 数絵、お前だよ。さあ、長い夜を楽しもう」
 かっこいいだろう?どこかのイケメンみたいなむつきチャン。

 ・・・いやいやいや。そもそもまだ友達ではないか。落ちつけ私。
 寝れないこと等による疲労、ストレスが限界に近づいている。数絵~、私は元気じゃないよ。
 助けてくれ~。・・・来るはずのない助けに期待しながら、私は妄想の世界にまた浸る。

 お姫様である私だ。当然麻雀も最強だ。スポーツだって何でも出来る。
 周りにはモテモテ、誰からも愛される人気者、十年に一人の大物さ。
 でもそんなある日国から迎えが来て、お姫様帰りましょうっていうんだ。
 私は抵抗するんだけど結局連れ戻されてしまうんだ。楽しかった時間も終わりだ。
 最後に感謝の気持ちだ。私は世話になった連中にダイヤモンドの一つでも投げてやろう。
 しみったれたお別れの言葉なんかいらないさ。颯爽と消えてやるさ。
 かっこいいだろう?どこかのヒーローヒロインみたいなむつきチャン。


 ダイヤモンドなどとんでもない。麻雀牌、いや、雀卓ごと、こいつらに投げつけてやりたい。
 そして延々と罵声のような説教を浴びせてやりたい。私の理想のヒーロー像とは大違いだが。
 しかし気弱な私は結局それすらできない。情けないやつだ。でも、私は私でいい。
 かっこ悪いだろう?それでも精一杯生きている自分が好きなむつきチャン。

 5.祭りのあと (合宿終了後)

 私たちは蒲原先輩の運転する車で合宿所を後にした。相変わらず荒い運転だ。

「それにしても先輩がEカードで悪待ちさんを倒して策士対決を制した時は興奮したっす!」
「・・・勝たなければゴミだからな。モモだってかくれんぼ対決で勝ったじゃあないか」

 この二人は相変わらず車が揺れるとかを言い訳にベタベタしている。もう慣れた。

「智美盛関、大相撲大会で優勝したのはすごかったっすね!あの優勝候補、純代丸を倒した
 華菜大海を決勝で破った時は感動したっす!」
「ワッハッハ、でも華菜大海は突っ張りはいいんだが、組んだら序二段、クンジョニだったな。
 それに、佳織の前でいいところを見せたかったんだよ。今までの人生で全然そんなところを
 見せてやれなかったからな。そう思ったら気合が入っちまって、優勝までしちゃったよ」

 ちなみにこの大相撲大会、私、睦月山も準決勝に進んだのだが、蒲原先輩から
 ジュース二本で買収され、あっさり負けた。早い話が八百長だ。
 その先輩がいいところを見せた相手の佳織は、こんな車内で寝てやがった。
 そういえば初日の桃子と加治木先輩の情事のときも一人熟睡していた。
 それはともかく、私たちはこの合宿で意外と目立つ場面が多かった。
 私だって、カラオケ大会で結構上位だった。歌はうまいんだぞむつきチャン。
 本業の麻雀はどうなんだって?・・・それは聞かない約束だ。私たちは惨敗だった。
 やはり実力差は大きい。秋の大会に向けてしっかり鍛えないとまずいことを思い知った。
 ただ、佳織が大三元四暗刻字一色をツモって宮永と天江の二人に勝ったことはあったが。

 そんなことより、私は結局この合宿期間中、一睡も出来なかった。しかも風邪になった。
 体調は最悪のところにこの運転だ。私は酔い止めのツボを必死で抑えていた。
 生あくびが出てくる。かなり危険な状態だ。今までの私なら間違いなく発射だ。
 しかし、そんな苦しいときにも、救いがあれば乗り切れるものなのだ。

「睦月さん、頑張りましょう。あそこのコンビニで休みましょうね、一回休憩しましょう」
「ワッハッハ、せっかく気分が乗ってきたのに休憩なんかするか!爆走だ!」
「・・・いいから休むんだよ。わかったな、蒲原さん」
「はい・・・。本当に私にはキツイなあ、数絵ちゃんは・・・」

 そう。この数絵が合宿の途中で、サプライズゲストとして登場したのだ。
 私にも何も言わず現れたので本当にビックリした。
 そして細かい説明は省くが、私たちも蒲原先輩たち同様、段階をすっ飛ばして長い夜を
 過ごした。私の寝不足は私に責任があるのだ。温泉の中でも数絵とイチャついたため、
 風邪をひくのも当然だった。まああれほどの祭りのあとだ。これくらいは甘んじて受けよう。

「まったく。よくこんな運転で免許取れましたね。最近の教習所は甘いですね・・・」
「おい数絵・・・。そのへんにしとけ・・・。あんまり蒲原先輩怒らせるな・・・。
 ハンドル持ってるのはあの人なんだから下手なこと言うと何されるか・・・。
 確かにあの人の運転は最低中の最低だけどさ、乗せてもらってるんだし言わない約束・・・」

 数絵はあまり同世代の友達と接してこなかったせいか、人付き合いは基本的にヘタだった。
 しかしこの場面、それを気にするあまり私まで失言をしてしまった。

「ワッハッハ~・・・。聞いちゃったぞお前ら・・・。そうかそうか・・・。
 そういうこと考えながら乗ってたのか。なるほどな~・・・よ~くわかった」

 次の瞬間、車のスピードが急に速くなった。しかも赤信号だったような気がする。
 ふざけあっていた加治木先輩と桃子にも戦慄が走っていた。

「ワハハ!このスピード!カーブ!スリル!E!E!E!最高に気持ちE~!」
「バカかあんた!いや、バカだろ!死ぬ気か!?・・・睦月さん、大丈夫ですか!?」

 
 ・・・ああ・・・これはもう吐く以前に飛ぶ・・・!意識が遠のく・・・!
 加治木先輩たちも気を失っていた。数絵は怒鳴り散らしていたが。

「・・・zzz・・・さとみちゃん・・・・・・zzz・・・」

 それでもすやすや眠る佳織を横に、私は静かに昇天した。
 だが、再び意識が舞い戻った時には、ちゃんと自宅の前だった。
 とりあえず生きていたことに感謝し、私はこの日、久しぶりに熟睡するのだった。
 



 終わり。
 合宿編でおそらく陽の当たらないであろう三人を主役にしてみた。

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最終更新:2009年12月02日 18:56