227 名前:もし、久が風越に入学してたら。[sage] 投稿日:2009/06/14(日) 12:07:03 ID:bdiH3fUl

ぱしんっ

部室中に響き渡る音。それを知覚した後に続く熱い痛み。
今年に入って、この音と痛みは珍しいものではなくなった。
「なにやっているんだ!?お前がそんなだから下も甘えるんだ!!」

名門麻雀部の部長になった責任は重い。自分だけ麻雀をしてればいいって訳でもない。
自分を含めて80人もいる部の全体を考えないといけない。
しかも、去年県予選で龍門渕に連勝を破られてから久保コーチはますます厳しくなっており、打倒龍門渕とさらに責任がかかってくる。

「キャプテン・・・」

後輩たちが申し訳なさそうに見ている。今泣く訳にはいかない。
後輩たちはいつも頑張ってくれていることを私は知っている。とくに華菜は前の県予選
で自分のせいで龍門渕に負けたと自分を責めてまで練習している。

悪いのは、キャプテンである私のせいだ。

「何か言え!!」
「悪いのは、」

「はい、ストップ」

緊迫した状況のなかで、緊張感のない声が間に入った。

「久・・・」
「ふ、副キャプテン!」

後輩たちが救いの目で部室の入り口を見る。
そこには、同じ3年である竹井久が立っていた。
鼓動が一気に熱くなるのが感じる。見られた。また、甘えてしまう。

「副キャプテン、生徒会は・・・」
「抜けてきたわよ。こっちの方が心配よ」

久は麻雀部副会長兼生徒会長でもある。経済的な理由で奨学金をもらっており素行の
悪さで免除されるのを免れるために立場上なったらしい。
そんな理由で本当に当選しちゃうから久はすごい。裏でなんかした噂もあるけども。

「竹井、おまえ」
「コーチ。みんなやってくれてますよ。しかし、頑張っていても力を及ばない時もあります。すぐに結果 なんて出るものではありませんし。そういう風に甘えるのはダメだと思いますが、今年の県予選まで待っていてください。」

久がこっちに向かってくる。そして、座り込んでいるわたしの前で止まり、手を差し伸べた。
反射的に握った手に引き上げられて立ち上がる。握った手は思ったよりひんやりと冷たかったが、心地よくて頼もしい。

「絶対、勝ちます」

そんな自信満々な態度の久を見てるとわたしも強くなれる気がした。

久の強い目と合ってうなずいた。言うべきことはわかっていた。
一年から、一緒に入学したときから、いや出会ったときからの夢。


「必ず、わたしと久が風越が最強であることをご証明しましょう」


自然と両目が開いていた。

わたしたちは勝てる。

そんな自信がでてくる。

頑張り続けたら、きっと違う景色が見えてくる。
久から言われた言葉が頭に駆け巡る。

わたしたちは、勝てる
このまま努力したらきっと。

「コーチ、私まだまだ頑張ります!!キャプテンのためにも頑張ります!!」
二人だけではない。華菜も手伝ってくれる。

「私も頑張ります!!」「私も!」

文堂さんも吉留さんも、深堀さんも部員みんな手伝ってくれる。

「ふん。わかった。今回は許してやる。次、腑抜けた麻雀打ったら 許さないからな」
「はい!!」

しかめっ面しながらコーチは部室を後にした。

すると緊張の糸が切れたかのように後輩たちで泣きだす子も出てきた。
相当な神経を使ったのだろう。
「キャプテーン!!」

涙目の華菜が真っ先に抱きついてくる。相当我慢していたらしい。かわいそうに。
とても懐いていて、喜怒哀楽の表現が豊かなわたしの一番のお気に入りの後輩。
優しく抱き抱えてあげると、猫みたいにゴロゴロと甘えてくる。
可愛くて思わずなぜてしまう。

「よしよし」
「キャプテンのために優勝しますっ!!」

「キャプテン!私もがんばります!」
いい後輩たちばかりで本当に幸せだ。

久の方を見るとそちらも後輩に囲まれて頭を撫でたりしてなだめていた。
少し、うらやましいのは内緒の話。いや、かなりね。

後輩が帰った後もキャプテン、副キャプテンの仕事はある。
部員たちの成績をみたり、日誌を書いたりと色々だ。

その日、華菜は用事があるらしく、早く帰って行った。
帰り際、久に何か話していたのが気になる。キャプテンになんかしたらなんとかかんとか。
あれはどういう意味かしら。

もう日は沈もうとしていた。真っ赤な太陽がきらきらと沈んでいく。
窓から差し込んでくる赤の綺麗な光は私たちを照らし出す。
私は綺麗だと思うのだけど、久のほうは眩しい、焼けるからイヤらしい。

人の感じ方は千差万別で、久とわたしはかなり性格が違っているよう。
わたしも少し変っていると自覚しているが久はなかなか変わってる。麻雀で勝負する
時にはわざと悪待ちするとことか、3年前の初めて勝負したときから理解している。
キャプテンと副キャプテンだって、わたしが皆に少しでも長く牌をもたせようと
雑務をこなしている一方で効率的な練習メニューをコーチに提案したりしている。
後輩に対してそれとなく厳しくしてる久に対して、わたしはちょっと甘いかもしれない。
なんとなく、良いバランスは取れていると思う。

そんなわたしたちだけど夢は一年のときから一緒だった。
全国優勝。これだけは誰にもゆずれない夢。

「今日はお疲れ様。」
「ああ、おつかれ様」
久はすでに日誌の副部長のサイン欄にサインしていた最中だった。
隣の椅子に座る。

「今日はごめんなさいね。生徒会まで休ませてしまって」

本当に悪いわ。私はいつも久に甘えてばっかり 。

「今日もわたし一人が責められればよかったのに」

ダメなキャプテンでごめんなさい。迷惑かけすぎね。
久もあきれてるわよね、きっと。

「わたしのせ」
「はい、ストップ」

デジャブ。手で口を押さえられた。なにするの、と言おうとするけれど、
久の眼力に負けてしまった。

「休んでないし、わたしが好きでさぼったのよ。美穂子のせいじゃない。
ってかまた自分を責めてるでしょ?いい加減その癖やめなさい。
少しは素直に甘えなさいって」

手を外される。そして頭に手を当てられて、撫でられる。
梳かすように丁寧に。手のひらから温かいものがなだれこんでくるように
わたしの心の中を溶かしていく。どくどくと心臓の音が鳴っている。

あたたかい。すごく。どきどきしてる

ひさ、だいすき。すきですきでしかたないわ。

3ねんまえにあったあのひから。ずっと、ずっと

言葉にできないから、想いは精いっぱい表現する。
目を閉じてその感触に浸ると、頬もゆるんでしまった。
すると、急に手がぎこちなくなった気がする。

「・・・?」

ふと目を開けると、珍しく真面目な顔をした久がまじまじと見つめていた。

「ひさ?」

あまりにもいつも飄々とした久に似つかわしくない顔をしていたもの
だから笑ってしまった。

「どうしたの?」
「・・・ほんと・・・ちね」

聞き取れなかった。

「なぁに?」

「好きよ、美穂子」

え、と聞きなおせなかった。私を見つめる久の顔が真剣だったから。

夕日に照らされたその赤みがかった顔は体温のせいか、光のせいか私にはわからなかった
けれど

本気で、わたしのことがすきだと十分伝わったから。

わたしがどう返そうかと迷っていると、久は困った顔をしてなでていた手を戻そうとした。
どうやら誤解したらしい。どんどん暗くなって泣きそうになる久をもう少し見ておきたい
悪戯心が芽生えたけれど、さすがに悪いので止めておいた。
引っ込めようとした手をつかんでそっと自分の頬へとあてがった。ぴくんっと手が反応した。

「気持ちいい」

冷たい手。心地よい手。いつもわたしを救ってる手。

そう思うと、愛おしくなって手の甲にキスを落とした。次は手のひらへ。そして、指。
親指、人差し指、中指、薬指、小指へと一本一本丁寧に。想いをこめて。

手首へと移ろうとしたとき、硬直した久の手がようやく動き出す。
顔を真っ赤に染めながら両手は降参という合図を表していた。

「今回ばかりは私の完敗よ。かんぱい。」
「あらあら、いつもわたしが勝ってるわ」
「な!?言うわねー」
「もちろんよ」

よほど悔しかったのか、ムスッとした顔でこの状況になった意味ってとぶつぶつ呟きだし
たかと思うと、

「美穂子」
「え?」

キスした手で引っ張られると唇に暖かいものが触れた。やわらかい感触。
悪戯っぽい目が垣間見えるとぺろっと唇を舐められて解放された。

完全なる不意打ち。
正直なにが起きたのかわからなくてただただ身体がドキドキして熱くなった。

「お返しよ美穂子」

ピースをしながらにんまりと悪戯をした子供の笑みを浮かべる久にもう、と少し拗ねてみた。

「ねぇ久」
「ん?」
「優勝しましょうね。この、風越で」
「何いってるのよ。当たり前じゃないの」

どちらからともなく指と指をからめ合う。
握り方を何度も何度も変えていく。
まるで暖かさと冷たさがまじりあってだんだんと同化していく様を
楽しむかのように。
まるで小さな子供が遊ぶかのように。
まるでちょうどいい形を探しているかのように。

視線が交錯してくすくすと笑い合う。

「久、少し眠いわ。寝ていいかしら?」
こつんと久の肩に頭を乗せる。
お互い性格上、立場上甘えるといったことはあまりないからこういうところを誰かが見る
とおかしな光景になるだろう。

でも、今日は色々あって疲れたから、少しくらい甘えたって
神様は許してくれるはずだ。今だけは睡魔に負けたって誰にも文句を言わないだろう。

「いいわ。いつもお疲れさま、キャプテン。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい、久」

その日、暗くなって警備員さんに見つかるまで久とわたしは寝てしまった。
怪訝そうにわたしたちをみる警備員さんに一言あやまって、わたしたちは
逃げるように夜の世界に溶け込むのであった。

―――わらいながら、手をつなぎながら




後日談

「ねぇ、華菜になんて言われてたの?」
「ああ、あれかー」

頭をかきながらちょっと顔がひきつった久。
言いたくなさそうな久をいろんな手を使って問い詰めたところあっさり白状した。

部活が終わったあとのこと。

『副キャプテン!!』
『んー?』
『副キャプテンはキャプテンのこと好きなんですか!?』
『ぶっ!!な、なによ。いきなり!』
『好きなんですか!!』
『だったらなによ』
『くやしいですけどね、言いますよ!
あの私の大好きな洗濯も掃除も料理もできてというか家事全般できて綺麗で
部員の信頼を大いに受けるカリスマ性を持っていて、さらに麻雀が強くて優し
くて泣き虫で機械音痴でまるで聖母のようなでも泣き虫なあの人はですね、
マナー悪くてずる賢くて人を陥れてからかうのが好きで人使い荒くて、ここぞ
ってときに悪待ちする人に心配かけさせて悪い意味で才能使う悪魔のような、あ
なたのことが好きなんですよ!!』

「すごい言われようね」
「まあね」

後輩にこんなことを真面目に言われたら、普通は軽く一週間落ち込むだろう。
普通って話で、久が入っているかどうか知らない。

『さらにですね、泣いているキャプテンを支えられるのは―――』

聞こえたのはそこまでで嗚咽と鳴き声で何言ってるのか久はわからなかった。
私の方が好きだし!!と言いながら華菜は帰ったらしい。
華菜の性格を熟知している久はそこで焦りを感じて告白してきたらしい。

「愛されてるのねーキャプテンは」
「悪くないわ」
「・・・美穂子、最近性格変ったわね」
「あら、誰のせいかしら」

(本当に私は悪待ちね。あなたみたいな人を好きになるなんて)
(わたしを好きになった意味は?)
(わかる訳ないでしょ。ばか)


えんど。

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最終更新:2009年07月12日 19:21