711 :名無しさん@秘密の花園:2009/09/28(月) 06:37:27 ID:ff5YOOuD
最終回記念にかじゅモモSS書きますた
流れぶったぎるようですが投下。7レスくらいお借りします
ちなみに、かじゅ視点でモモが入部したての頃の話です


 気が付くと、私はある能力に目覚めていた。その能力は麻雀においても、日常生活においても、
およそ役に立つようなものではない。東横桃子――マイナスの気配と呼ばれる程、存在感の薄い
二個下の後輩部員。私は、そんなステルス能力を見に付けた彼女が、何処へ隠れてもすぐに
見つけ出せるようになっていた。

「おーいユミちーん。モモがまた消えたぞー」
「蒲原…おまえな」

 部活動中でも、度々東横桃子はその姿をくらませる。本来部員の管理は部長の蒲原が
するべきなのだが、蒲原はあまりに扱いの難しい東横の教育係を私に放り投げていた。

「あだ名で呼ぶ程親しいなら自分で探してきてくれ」
「ワハハ、ユミちんが連れてきたお姫様だろー。ちゃんと釣った魚に餌やらないと」

 蒲原のからかいにも慣れてしまった私は、何も言い返さずに黙って部室を出る。
 まったく、やっと勧誘に成功したと思った一年生エースが、こんなにも面倒のかかる女子
だったなんて…。私は強引に彼女を麻雀部へ入れたことを、少し後悔し始めていた。
 東横と初めて校内LANからネットで対局した時、確かに私は上品で堅実な彼女の打ち筋に入れ込んだ。
そして、これほどの打ち手なら、きっとその人間性も素晴らしいものに違いないと思った。
いや、実際に会って彼女は悪い子ではなかったのだが…少しだけ、ほんの少しだけ周囲への
目配りがきかない女の子だった。
 もしかしたら、私は勝手に彼女の性格にまで幻想を抱き、勝手に失望していたのかもしれない。
それでも私は、闘牌と日常での振る舞いにおける東横桃子のイメージのギャップに、戸惑いを隠せず
落ち込んでいた。

「東横?」

「あ、先輩」

 彼女は渡り廊下の柱にもたれて立っていた。すぐ隣りにはトレーニング中らしい運動部の連中がいたが、
その中の誰一人として東横の存在には気付いていないようだった。

「トイレに行ってたら夕陽が綺麗だったんで見てたっす。先輩もどうです?」
「…はあ。東横、ちょっといいか」

 満面の笑みで夕空を指差し、腕に絡まってくる彼女を振りほどいてから、私はそのつぶらで黒い大きな瞳を
じっと見つめた。そして、深く息を吸う。

「東横、確かに君は素晴らしい打ち手だよ。それだけの力があれば多少の自己中心的な行動は許される。
実際、私も蒲原も十二分に君のことは甘やかしているんだ」
「…自己中心的っすか」
「そうだ、自己中心的だ」

 彼女が少し悲しげな表情を見せると、私の鼓動は速くなった。ここで僅かでも引いてしまったら、これからもずっと、
先輩として彼女を叱ることは出来ないように思えた。
 今度は私が彼女の両腕に手を添え、喉から搾り出すように声を出した。

「いくら三年の私たちが君を許しても、それじゃあ二年の津山の立場が無いだろう」
「君は相手の手牌を見抜けても、先輩への気遣いは出来ないのかい?」

 私がそう言い終えると、一瞬だけ東横のからだが透けたように見えた。いや、夕陽が目に入って錯覚が見えたのかもしれない。
私が目を凝らして、もう一度彼女の瞳をのぞき込むと、そこにはいつもと変わらない穏やかな表情があった。

「先輩わかったっす。これからは気をつけます」
「…ああ、わかってくれたならいいんだ…」

「でも」

「…?」

「私は自分中心で動いてなんかいないっすよ。私の中心にいるのは、私じゃない」
「…それだけは先輩にも知っていて欲しいっす」


――ロン。

「うわっ、モモ張ってたのかー」
「タンヤオドラ1。ニンロクっす」
「ワハハ。相変わらずモモは気配絶つのがうまいなー」

 東横はそれからも、しばしば部活動中に姿を消すことがあった。それでも、私以外の部員とも
積極的にコミュニケーションをとるようになり、以前よりも麻雀部には馴染んでいるようだった。
 今では、消えた東横を私が見つけてくること自体、うちの部内では一つの笑いのネタになっていた。
蒲原どころか、睦月にまでそのことでからかわれるようになる始末だ。

「東横、何故それがダマなんだ?十分に山生きのピンズ5面張じゃないか」
「そうっすね、リーチしても上がれたとは思うっす。ただ、先輩の仕掛けが何だか見えなかったから
念のため曲げなかったっす。それに、もし四枚目の7ピンを引いたときカンすることも考えてたんで…。
先輩の手はどうだったんすか?」

「…ダブ東ドラドラ。4-7ピンの待ちだ」
「ワハハ、ユミちんがこんなに抑えられてるのは初めて見たなー」
「そんなことないっす。加治木先輩には全然かなわないっすよ」

 東横桃子の雀力には改めて目を見張るものがあった。ネットで対局した頃から変わらない、
繊細で堅実で気品を漂わせた打ち筋は、卓上でも静かな輝きを放つ。
 それだけではない、あのステルスと呼ばれる能力は、実戦の場で発動すると止める手段が無かった。
私たちには、一度ステルス能力で見失った彼女を、その対局中に再び捉えることは不可能だった。


「おーいユミちーん!」
「…なんだ蒲原、またか」

 東横が入部して一ヶ月が経つと、私は蒲原のこの呼び掛けだけで反射的に周囲を見渡し、彼女の気配を探るようになっていた。
最近の彼女は、部室の中に居てもその姿を見失うことがある。もしかしたら、彼女の存在感は、出会ったばかりの頃より更に
薄まっているのかもしれない。
 私は彼女の名前を呼びながら、校内をくまなく探し出した。


「東横!」

 この日の彼女は、見つけるのに随分と手間取った。気が付けば、部活の時間の約半分が既に過ぎていた。
夕陽は沈み出し、廊下には柔らかい暗闇が充満していた。

「あー、先輩」

 屋上へ続く階段の途中、だらしなく寝そべっていた東横は眠たそうな返事をした。
一度注意してからは、ここまで大胆にボイコットする彼女は珍しかった。

「あまり私を困らせないでくれないか」
「ん…、あー…すみません」

 生欠伸をしながら気だるそうに起き上がる彼女は、普段よりも一層その肌色に白みが増していて、
さながら生きているのか死んでいるのか分からない、人形のような美しさと妖しい色香を漂わせていた。
 私はスカートからのぞく彼女の腿に、同性ながら何故か目を奪われドキリとした。

「東横、うちはただでさえ人数の少ない文化系の部活だ。あまり後輩を厳しく叱ったりしたくないんだ。
君だって私にうるさく言われるのは嫌だろう?」
「はは、私は先輩に叱られるの好きっすよ」

 ふざけて答える東横に、私はぐったりうなだれて額に手を当てる。

「…いつまでこのかくれんぼは続くんだ?」
「私は夏の大会に向けて僅かな時間も惜しんで練習がしたい。君みたいな頭の切れる子が、
こんな子供じみたことを続けるなんておかしいだろう?」

 彼女は「頭なんて…」と、言葉の代わりに照れながら身振りで応えた。それから、私の目をじっと見て、少し悲しそうに微笑んだ。

「私はたぶん先輩に名前を呼んで欲しいから消えるんだと思うっす」
「こんな方法でしか先輩の気が引けないなんて、切れ者からは程遠いっすよ」
「でもそれはしょうがないっす」

「東横…?」

「加治木先輩だけ…いつまで経っても、私のこと苗字で呼ぶっすね」
「……!」


 視線を切った彼女が階段を降り始めると、そのからだが徐々に透け出した。そして、次に私がまばたきをした時には、
完全にその姿を消してしまった。今度は、辺りを見渡しても再び彼女を見つけ出すことが出来ない。

「…今日はすみません、ちょっと体調が悪くて休んでただけっす」

 東横の声だけが静かな廊下に響く。すぐそこに居るはずの彼女を、何故か私の視野は捉えることが出来ない。

「明日からはまた頑張るっすよ。私も先輩と全国へ行って、少しでも長く一緒に麻雀を打っていたいっすから」

「東…横……」


 その日、私は校内を探し続けたが、ついに彼女の姿を見つけることはなかった。
私は遅くまで学校に残っていたせいか、次の日体調を崩して学校を休んでしまった。



「おー、ユミちん風邪は治ったかー?」

「…モモ!」
「モモは来ているか!?」

 私が勢いよく部室に入ると、蒲原と睦月があっけにとられた表情で私を見ていた。

「私の風邪はもう大丈夫だ。それより蒲原、モモはどうした?」
「HRが長引くから少し遅れるらしいぞ…っていうか、いつからユミちんモモのことあだ名で呼ぶようになったんだー?」

 蒲原がいつものように笑いながら私をからかおうとしてくる。睦月までもが、ニヤニヤした顔でこっちを見ている。

「くそ…こんな時になんてことだ」
「モモの教室は1-Aだったな。今から迎えに行ってくるぞ!」

「え、ちょっと、加治木先輩…?!」
「ワハハ、またユミちん乱入事件勃発かー」




―――モモ!

 それから、一年A組の教室に私が彼女を迎えに行くのが日課になった。
 彼女は今でも時々子供が悪戯するように、なかなか私の前に姿を見せないことがある。

「おーいモモいるかー」
「ああ蒲原、ちゃんと私の隣りにいるよ」
「蒲原先輩、心配しなくても私が消えるときは加治木先輩も消えるから大丈夫っすよ」
「ワハハ、ふたりで消えて何する気だー?」
「蒲原!」


 明るく部員たちと談笑する彼女を見て、私は入部当時のどこか体温の冷たい東横桃子のことを思い出していた。
 もしかしたら――あの頃の彼女は、本来私に見つけることなど出来ないくらい、完璧にその存在を消せたのかもしれない。
私が「見つけた」と思っていた彼女は、ただ「見つけさせてもらっていた」彼女だったのかもしれない。そして、それは今だって…。


「モモ」
「どうしたっすか?先輩」

「いや、いるなら別にいいんだ…」
「ヘンな先輩っすね。県予選まであと少しなんだから気引き締めて下さいよ」


 きっと、私に東横桃子を見つけ出す超能力なんてなかった。
 それでも今は、いつだって彼女を呼び出せる魔法の言葉を知っている。


―――私は、明日もまた新しい彼女を見つけるだろう。

【Fin】

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最終更新:2009年09月30日 16:31