975 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/09/11(金) 03:32:06 ID:S+AYGM67 Be:

 来年こそ東京に

 今日は全国高校麻雀選手権団体戦の初日。清澄高校の出番が近づいていた。
 彼女たちと戦った者たちも、それを見守っていた。

「いよいよ始まるね。清澄は勝てるかなあ・・。北海道の水曜学園が特に強そうだね。
 他の二校も当然強豪だし・・・。どうなるのかなあ、透華」
「わたくしたちを倒したのですから・・こんなところで負けるはずがありませんわ」
 時間は朝九時。龍門渕高校のメンバーたちが会場の客席にいた。

「俺は屋敷でのんびりテレビ観戦で十分だったのになあ。あ~眠い・・・」
「衣がどうしても応援に行きたいって聞かなかったからね・・」
 衣は清澄の、いや、宮永咲の応援にどうしても行きたいと言っていたのだ。
 一人でもいいから行くとまで言っていた。
「衣を一人で行かせると危ない・・・。最近は変な趣味をした者達が多いから・・。
 誘拐されてしまうに違いない・・・やはり私たちがいないと」
「智紀・・・。まあ確かに衣は外見小学生だからね・・・」

 そんな話をしていると、先鋒戦が始まった。
「あれ?もう始まったってのに衣、どこにいるんだ?」
「ホテルでまだ寝てるって。宮永以外、興味ないらしいよ」

 あの大会の後、衣は咲と仲良くなった。それは透華たちにも良いことに思えた。
 だが、何か別の感情が湧き上がってくるのも事実であった。透華が言った。
「衣がわたくしたち以外と親密になったのは良いことなのですが・・。
 少し寂しいですわね。可愛がっていた子供が親離れしてしまうみたいで・・」
「透華・・。衣の母親みたいなところはあったけど・・一応同い年だからね・・・」
 一が水を差すツッコミを入れた。しかし純までもがその話に入ってきた。
「俺も寂しいよぉ。衣のやつ、最近清澄の大将とすっかりラブラブだろ・・・?
 もうデートにも何回か行ってるみたいだしさあ。親離れどころじゃねぇよ。
 俺は今まで大事に育ててきた愛娘が嫁いで家を出て行っちまうみたいに感じてるよ。
 くそっ・・・!あんなやつにうちの娘を渡せるかっ・・・!」

 すっかり落ち込んでしまった透華と純。一は少し呆れていた。感情入りすぎだ。
 すると、純がいきなりこんなことを言った。
「衣も家を出て行っちまうし・・どうだ、もう一人子供作るか?透華母さんよぉ」

 この言葉に透華よりも先に一が反応した。
「何を馬鹿なことを言っているんだい純!そんなこと僕が許さないよ!
 透華と子作りしてもいいのは僕だけなんだ!僕が透華の将来の結婚相手なんだ・・・」
「じょ、冗談だって・・・それくらいわかるだろ国広君・・・。
 悪かった、悪かったから手錠の鎖で首絞めるな・・・く、苦しい・・・」
「言っていい冗談と悪い冗談がある!そうだよね、透華!
 透華も僕だけと夜の生活を楽しんでくれるよね!僕は透華好きのメイドだから・・
 ベッドの中でも全力で奉仕させてもらう・・・」

 一は愛する人の方を向いて言った。しかし、そこにその透華の姿は無かった。
「・・・透華はトイレ。あと、うるさい。しかも破廉恥。周りの迷惑」
「・・・・はい、すみません」
「く、くにひろくん・・・早く離してくれ・・・あ、意識が遠のく・・・」

 目立ちたがりの透華がいなくとも、彼女たちは早くも目立っていた。


『ツモッ!ダブ東ドラ3、4000オール、先制だじぇ!』
 さっそく優希の親満ツモ。だがまだ勝負は始まったばかりだ。

 今、時間は午後一時半。中堅戦の一回目の半荘が終わった。
「キャプテン、清澄の竹井、かなり苦戦していますね。やはり全国は厳しいですね。
 あの北海道の中堅藤村・・。あの人に和了牌もドラも食われて・・・。
 運気まで・・・。全てを食い尽くされている感じがしますね」

 風越女子のメンバーたちだった。風越のレギュラー格の選手は、
 個人戦で全国に進んだ美穂子の応援と今後の勉強のために、という理由で
 東京に来ていたのだ。彼女たちも清澄の応援に会場に来ていたのだ。

「ええ。藤村さんはまるで魔神ね。でも・・竹井さんがこのまま終わるはずがないわ。
 まだ目が死んでいない。諦めていない。絶対何とかなる。」

 美穂子の視線は画面の久に釘付けだった。それを見た部員たちは思った。
「・・・これは池田先輩来なくて正解でしたね・・・」
「うん。キャプテンのあの様子を見たら・・・」
「華菜ちゃんきっとショックを受けるだろうからね・・・」
 実は華菜は東京には来ていなかった。当然華菜にも東京行きの話はあったが、

『華菜ちゃんは東京には来年実力で行くし!この風越のキャプテンとしてね!
 だから今回はこっちに残ってパワーアップしてるし!もっと強くなるし!
 その方がきっとキャプテンも喜んでくれるから・・あ、おみやげ忘れないでね』
 そんなセリフを言い、華菜は長野に残っていたのだ。

「竹井さんはね、三年生の今になるまで団体戦に出場するメンバーすら集められなかった。
 でも、何があっても諦めなかった。だから今ああして夢の舞台にいるの。
 三年も待ったんだから・・・いくら相手が自分より何枚も実力が上でも、
 それぐらいじゃ簡単に諦めたり降参する人じゃないのよ」
「は、はぁ。そうですか・・・」
「あなたたちもまたレギュラー争いが始まる。スランプになったり悩むこともあると思う。
 でも、何があっても絶対に諦めないで、頑張ってね」
「「「はいっ!わかりました!頑張ります!」」」
 吉留、文堂、深堀の三人ははっきりとした返事をした。


『ロン!リーチドラ2、5200。勝負はこれからよ、魔神』
 再開された中堅戦。久の反撃が始まった。

「あ・・・キャプテンの言ったとおりですね・・・」
「(頑張って竹井さん・・・陰ながら応援しています・・・負けないでください)」


 場所は変わり、長野県、風越女子高校麻雀部の部室では・・・。
「オラァ池田ァ!馬鹿かオノレは!なんでそこでそれを切る気になるんだボケが!」
「ひっ!す、すいませんコーチ・・・」
 華菜は久保コーチと二人きりで特訓に励んでいた。
 今は夏休みで、今日は練習も休みの日。だが華菜は自主的に練習に来ていた。

「コーチ・・何でキャプテンの試合見に東京へ行かなかったんですか・・・」
「今年はもう終わった、来年だ来年!どうせ来年もテメーが大将になるんだろうが!
 今からビシバシやらねえと間に合わねーんだよ!個人戦なんか知るか!今はお前だ!」
「そんな・・・どうして私なんかにそこまで・・・別に結構だし・・・」
 華菜が呟くと、久保は華菜の顔は見ずに話を続けた。

「池田。お前はまだ未完成なだけだ。お前が一皮剥ければどんな奴にだって負けるもんか。
 お前の何があっても折れない闘志と根性・・・。いまどき珍しいよ。
 そんなお前が最強になるところを・・見てみたいんだよ」
「コーチ、買い被りです。私は単なる馬鹿です。この二年でもうわかったじゃないですか。
 私のせいで二年連続予選負けで・・コーチが色々陰口を言われているのも知っています。
 それなのにどうして・・・今日だって休みの日なのに・・・」
 そんな華菜に久保はやはり華菜の顔は見ずに答えた。

「そうかもな。お前はただの馬鹿かもな。でもそういう奴のほうが面白いんだよ。
 福路なんかは完璧すぎて教えることが無いからな、少しつまらないんだよな。
 その点池田、お前は最高だ。今まで教えてきた連中の中でお前が一番楽しい。
 お前が麻雀打ちとして、人間として成長しているのを見るのが本当に嬉しい。
 その喜びに比べりゃ、陰で何言われてようがそんなもん何でもねー。
 仮にそのせいでクビになろうが、後悔なんかちっともねー。上等だよ」

「コーチ・・・・・・」
「それにお前はかわいいし、本当はもっと優しく接してやりたいんだが・・・。
 福路みたいにお前のことを下の名前で呼んでみたいってずっと思って・・・」
 久保はそこまで言うと、はっと我に返った。そしていつもの怒鳴り声を上げた。
「って何言わせてんだ池田ァッ!調子乗ってんじゃねーぞドブ猫がっ!」
「え!?私ですか!?私は何も・・・」
「やかましい!口答えするんじゃねー!練習再開だ!徹底的にしごいてやるぞ!」
「はい・・(やっぱり変な意地張らないでキャプテンの応援に行けばよかったし・・・)」
「あと池田!今日お前昼メシおにぎり一個だったよな。そんなんで腹いっぱいに
 なるわけねーだろ!明日は私が弁当を作ってきてやる!覚悟しておけよ!」
「は、はい!覚悟して待ってます!」

 時間は午後三時。この師弟コンビの特訓はまだ続く。


『ツモ、リーヅモピンフ三色裏2、跳満です』
 二人がいる部屋のテレビの中では、和が徐々に覚醒しつつあった。


「あ~いい湯だった・・・生き返るなあ・・・」
 ここはとある温泉宿。鶴賀学園の五人は、麻雀部の強化合宿だといって旅をしていた。
 三泊四日の大旅行だった。今はその三日目だったが・・・。

「ワハハ・・・明日でこの旅も終わりか・・・明日は海にでも行くか!」
「そうっすね!加治木先輩と一緒に泳ぐ練習しないといけないっすからね!」
「い、いや・・・確かに約束はしたが・・・やっぱりやめにしないか?モモ・・。
 ほら、釣りでもいいじゃないか。貝殻とか集めるのも悪くない・・・」
「往生際が悪いですよ加治木先輩。桃子と頑張ってください」
「溺れて死んじゃわないように気をつけてくださいね~」

 話をしていると、早速おいしそうな料理が運ばれてきた。
「おいしそうですね!いただきま~す!」
「ワハハ、佳織、食うの早いぞ。でも確かに美味そうだな」
「ご飯食べたらもう一回温泉入ってその後は卓球したいっすね!」
「そうだな・・・でも何か忘れているような・・・」

 ゆみがそう言うと、皆、確かに忘れていることがあるけど思い出せないといった。
 そんな中、睦月が呆れた顔で言った。
「・・・麻雀ですよ。強化合宿とか言って、まだ一回もやってないでしょう」
 全員、思い出した。遊びかまけていたせいで、一番大事なことを忘れていた。

「・・・・ワハハ、まあいいんじゃない?今日は卓球ってことで」
「ですよね。津山さん、早く食べないと冷めちゃいますよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
 睦月は脱力した。こいつら、大丈夫なんだろうか、と思った。

「先輩、今日は先輩と一緒の布団で寝たいっす。いいっすよね?」
「な、何馬鹿なことを・・・今日は特別だぞ、モモ」
 この二人も自分たちだけの世界に行っている。何とか話を戻さなくては。

「そういえば今日は全国大会の初日ですよね。もし私たちが勝ってたら今頃・・・」
「おいおい睦月。そこで負けたから今こうやって皆で旅行に来れたんだろう?」
「個人戦も全員敗退だったしな・・・。ま、当然の結果ではあったがな。
 だが蒲原の言うとおりだ。津山、いいように考えよう」
「津山先輩だって散々遊んで楽しんでたじゃないっすか。麻雀の話はおしまいっすよ」
「津山さん、それ食べないなら、もらってもいいですか?」

 睦月は思った。こいつら何を言っても無駄だな。麻雀の練習する気ゼロだな。
 でももういいか。確かに私も楽しかったし、もっと楽しむことにしよう。

「そうですね。私ももっと気楽に生きることにします。・・・ちょっと席を立ちます。
 あ、佳織、私の料理、手をつけるんじゃないぞ」
 睦月はそういって席を立ち、旅館の店員と話をしていた。
「すいませ~ん、生ビールを一本・・・」
「それは楽しみ過ぎだろ睦月~!自重しろ~・・・」


『お前があの天江衣を破った宮永咲か・・・。確かに強そうだな。だけど負けられないよ。
 鈴井さんと嬉野さんはもう三年、今回が最後の大会なんだ・・。
 だからこの北海道のスーパースターがお前を倒す!』
『私だってお姉ちゃんに会うまでは負けるわけにはいかないんです。
 それに、原村さんや衣ちゃんとも約束したんです。優勝するって。絶対勝ちます』
 旅館のテレビでは、咲と相手の大将の睨み合いの様子が映し出されていた。
 これからついに大将戦が始まる。あと半荘2回で、全てが決まる。


『試合終了―――!!』

 試合は終わった。劇的な幕切れでの決着だった。

「凄かったね、あれは・・・」
「ああ、凄かった。俺たちもまだまだだな」
 龍門渕のメンバーたちは皆で感想を語っていた。すると、衣が言った。
「来年は・・・また代表として、皆でこの東京に来たいな」

「そうですわ!よく言いましたわ、衣!わたくしたちも特訓ですわ!
 そして、来年こそこの東京で全国制覇を成し遂げましょう!」
 彼女たちの思いは早くも来年に向けられていた。


「コーチ・・・あんな決着・・信じられないですね」
「ああ、今のお前じゃまだあの中で戦うのは無理だな」
 華菜と久保も、テレビでその結末を見守っていた。
「キャプテンたちも見てたんですかね・・」
「ああ。いい刺激になったと思うぞ」
「コーチ、私、来年こそ頑張るし!コーチを東京に連れて行くし!」
「・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねーか池田。おっと、もうこんな時間だ。帰るぞ。
 明日もビシバシやってやるからな、今日はゆっくり休めよ、池田ァ!」

 華菜は、久保の運転する車で、家へと帰った。来年の勝利を誓いながら。


「優勝はユミちんに決定~!いや~強いなあ、ユミちん!」
「かっこよかったっすよ!麻雀も卓球も先輩が一番っすね!」
「ありがとうモモ・・・ん?テレビで麻雀の試合やってるぞ・・・
 ってもう終わってるじゃないか。しかも清澄の試合だったのか!」

「・・・。私たちも来年のこの時期は東京に行きたいですね・・」
 睦月がぽつりと言った。だが、やはり他の者に真意は伝わらなかった。
「東京?ワハハ、この間行っただろ?お台場とか・・。それより海外行きたいな!」
「私はアラスカでオーロラを見たいです。智美ちゃんもずっと見たがってましたし」
「私は北欧に行きたいっす!ま、加治木先輩とならどこだっていいっすけどね!」

 睦月は唖然とした。佳織と桃子、この二人本当に来年も麻雀部に残ってくれるのか?
 頼みの綱は加治木先輩だけ・・・。と睦月が思っているとゆみは言った。
「私もモモと一緒ならどこでもいいぞ。お前が一緒ならどんな試練にも勝てる・・。
 たとえ泳げない海の中でも、お前がいてくれれば勇気が沸いてきそうだ・・・
 ずっと一緒だからな、モモ・・・」

 やってらんねーや。
 睦月は一人、残っていたビールを飲み干した。

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最終更新:2009年09月15日 16:42