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外部リンク



国旗事件関連

民主党議員でありながらマニフェスト批判を公言している土屋議員が本件にも苦言

みなよし稲生講演会
問題の集会案内もあり

俳優 津川雅彦ブログ
日本国旗切裂き事件について

民主党検証wiki 国旗を切断した党旗

三橋貴明 新世紀のビッグブラザーへ
「日本国旗を切り刻む民主党」
こちらはフシアナ祭関連

日本政策研究センター
民主党、国旗を切り裂いて党旗に

自民党HP 日本の未来が危ない
連載読み物「民主党の集会、国旗を切り張りして民主党マークを作成」

japanprobe
海外に発信されて
しまった国旗切断



民主党問題全般

他にもTVで写されない
etc..これら民主党政策
を知ってください。

要チェック!あなたの選挙区にもいるかも知れません
ザ・ピーナッツやタイガース等の往年の名曲からドラゴンクエストの作曲などで世代を越え人気のすぎやまこういち氏の意見広告です
ビジュアル的に少々、遊んだ印象のサイトですが内容は公的情報で鳩山献金問題の全体像が詳細に検証されています。
(動画や麻生、小沢版もあり)
民主党の報道問題



mixi関連コミュ

支持政党や右左問わず民主に疑問を持つ人の集うコミュ

チラシ

日の丸を切り刻む民主党

民主党=日教組に日本は任せられない 「日の丸」を切り刻んで党旗を作る民主党!!
自民党HPより
(PDF 613KB)

民主党関連のチラシも有り
手作りチラシ集積サイト



その他

朝日新聞社 鉄道板荒らし問題まとめwiki

「日の丸」関連年表


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更新履歴


ウェブ魚拓
ウェブ上のデータをまるごと保存できます。
本WIKIでも活用しています。
ほとんどの報道機関もネット上のデータは順次、抹消されます。
編集の際はなるべく元リンクURLの魚拓も残しましょう。









ここを編集

海外に広がる国旗事件

japanprobe


テキサス親父 Japan the flag flap incident


http://www.youtube.com/watch?v=zZbna0N0390
8/23UP ※youtube版は翻訳字幕がありません

米国のネットジャーナリスト テキサス親父もスクープ 
テキサス親父は、民主党の裏に隠された姿を見抜きました。


アメリカの民主党

アメリカに限らずどこの国の政党であれ国旗を尊重するのが常識です

民主、国旗裂き党旗に 鹿児島の集会、海外なら刑事罰も


海外では国旗への侮辱行為に刑事罰を科す国も多い。フランスでは公衆の面前で国旗に侮辱行為をした場合、7500ユーロ(約100万円)の罰金刑を定めている。集会で同じ行為をすれば、加重刑として6カ月の拘禁刑が科せられる。中国やカナダ、ドイツ、イタリア、米国も国旗への冒涜(ぼうとく)や侮辱、損壊などに処罰規定を設けている。

 日本では外国の国旗への侮辱行為などは外国国章損壊罪があり、2年以下の懲役か、20万円以下の罰金が科せられるが、国旗への侮辱行為には規定がない。昭和62年の沖縄国体会場で日章旗が焼かれた際は器物損壊罪が適用された。


国旗の重み

~命懸けで日の丸を守ってくれた外国人~

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7973961
http://www.youtube.com/watch?v=iSdDWjbIPhU

~ラモス瑠偉と日の丸への思い~

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7991979

~サマーワ市民と自衛隊員~

http://www.nicovideo.jp/watch/nm8018685


国旗が原因で戦争に

アロー号戦争

1856年10月8日に清の官憲はイギリス船籍を名乗る中国船アロー号に臨検を行い、
清人船員12名を拘束し、そのうち3人を海賊の容疑で逮捕した(残りはパークスの
抗議で釈放)。これに対し当時の広東領事ハリー・S・パークスは清の両広総督・
欽差大臣である葉名琛に対してイギリス船籍の船に対する清官憲の臨検は不当で
あると主張し、また逮捕の時に清の官憲がイギリスの国旗を引き摺り下ろした事は、
イギリスに対する侮辱だとして抗議した。葉名琛はこれに対して国旗は当時掲げら
れていなかったと主張したが、パークスは強硬に自説を主張し、交渉は決裂した。
実際には、事件当時に既にアロー号の船籍登録は期限を数日過ぎており、アロー号
にはイギリス国旗を掲げる権利は無いし、官憲によるアロー号船員の逮捕は全くの
合法であった。パークスの行動を見た清国駐在全権使節兼香港総督バウリングは
現地のイギリス海軍を動かして広州付近の砲台を占領させた。これに対して広州の
反英運動は頂点に達し、居留地が焼き払われた。イギリス首相パーマストン子爵は
現地の対応を支持し、本国軍の派遣を決定するが、議会の反対により頓挫した。
パーマストンはこれに対して解散総選挙を行い、今度は議会の支持を受けて、現地に
前カナダ総督エルギンと兵士5000を派遣した。同時にフランスのナポレオン3世に
共同出兵を求め、フランスは宣教師が逮捕斬首にあった事を口実として出兵した。

南北戦争の発端

 サウスカロライナ州チャールストン湾に連邦政府軍事要塞があり、当然そこにはスターズ&ストライプス合衆国国旗が掲げてありましたが、独立を目指すサウスカロライナは自分の港にある合衆国国旗が目障りだとして砲撃し、要塞司令官は降伏します。
 戦闘そのものは死者が出たわけでも無く、大した戦闘では無かったものの、スターズ&ストライプスが砲撃を受けた、「国旗が攻撃を受けた」というニュースが合衆国全土に流れると、それまで南北どっちつかずだった州が一斉に北部軍に加わり、軍事均衡が崩れて南北戦争が始まりました。
 ちなみに、リンカーンの奴隷解放宣言とは人道主義に基づく崇高な理念では無く、奴隷労働に支えられた南部軍の内部崩壊とイギリス牽制を狙った巧妙なプロパガンダ戦略なのです。
 リンカーンが尊敬される理由とは奴隷解放では無く、合衆国の分裂を防いだ大統領、スターズ&ストライプスを護った大統領として尊敬されているのです。


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