ジョジョの奇妙な聖杯戦争

愚かなる槍

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鋭利な刃物があなた目掛けて飛んで来たとしよう。
あなたならどうする?

1、自身が避ける
2、刃物の進行方向を変える

簡単なのは当然1だ。当って怪我をするくらいならその場で避ける。
2を実行するなら素手だとまずい。なにか道具を使わなければ。

何も無いのが特徴の空き地───もとい公園で槍使いの青年とその『飼い主』の犬は惰性を貪っていた。
聖杯戦争が始まってから既に数日がたっているが今の所戦闘もなく、ただ暇を持て余している。
晴れた空き地には───もとい彼等のねぐらには、今日も彼等以外に人影は無く
ゆっくりと時間だけが流れていく。
(おーーーあの雲、魚に見えるぜ・・・・・・今日は釣りでもしにいこうかね・・・・・・・)
本来ならばこの戦闘狂 マスターの意思一つで血しぶき舞う戦地に赴き、命令とあらば地獄の閻魔相手にだって刃を向ける。
戦場で殺す事に躊躇もなく、戦場で死ぬ事に恐れもない。
行動起源はいたって単純 自分が楽しいと思ったことをし、気にいらない相手がいればブン殴る。
たとえ相手が己のマスターであろうと偽ることなく感情をぶつけ、受け入れなければ反抗の態度を如実に表す。

今回の戦争だって今までと変わらない、マスターがどんな奴だって自分のスタンスを崩す気はない
────が、
(よりにもよってなんで犬かね・・・・・・人間ですらねぇじゃねーかよ・・・)
そう、今の彼のマスターは犬だった。それもとびきり我が侭で世界に唯一無二であろう犬のスタンド使い───……
イギー 彼の『飼い主』の名前である。 

出会いはこの公園。原因は知らない、過程も判らない、
ただ、結果としてイギーはランサーを召喚したという事実だけがある、それは奇妙な『運命』としか呼ぶに他はない。
かつてのランサーのマスターに強い男がいた。
私欲のために自己を高め目的の為に世界を使い、持ちうる信念に曇りはなく起こす行動に迷いはない。
肉体的にも、精神的にも強い男だった。
その男に比べて、今回の犬マスターは単純な戦闘力だけみれば引けはとらないだろうが、幾分信念が弱すぎる。
───否、信念を『持ってすら』いない。

かつての神父は目的のためには手段を選ばないタイプだったが、このイギーという犬は目的すら選ばない。
その日が楽しければそれでよく、上手い飯が食えて気持ちのいい寝床があって可愛いメス犬がいれば・・・それでいい。
シンプル、その犬を表するにはその言葉で足りるだろう。
動物的本能に忠実で快楽こそが至上の至福、快楽を得る手段は無数にあれどそれが一定の形を保っていない、
毎日が流動的で不定形、幸も不幸もその日しだいでコロコロ変わる。複雑に見えるがその奥底はいたって単純。

                    『楽しければそれでいい』

彼は無知なマスターに一応の説明はした、聖杯があれば大抵の願いが叶う事を。
しかし彼のマスターは興味を示さない。
まるで「そんなものなくても、自分の願いは自分で満たす」そんな表情。
ランサーのクラスを冠するそのサーヴァントは、  呆れた。
普通の魔術師であろうならば喉から手が出るほど欲しがる聖杯、たとえ魔術師でなくとも願いが叶う聖杯を、
欲しがらない人間がいるだろうか? いや確かにこいつは人間ではない、しかしだからといって───
ああ、もうどうでもいい。マスターが要らないと言ったのだ、なら俺の存在理由は既にない。
聖杯を手に入れる手段のはず俺は、聖杯を手に入れるという目的がなければいる意味はない。
だがしかし、存在理由の消失が存在の消失には足りえないのもまた事実。
折角現界したのだ、この世界で楽しまないのはもったいない。
───それに、槍兵はこの犬を気に入った。
たとえ存在理由がなくなろうとも、一緒にいる理由はそれだけで十分だ。
数日は、それでよかった。ただ空き地でボーっとしてるだけで時間が過ぎたし、
イギーにこの世界を案内してもらうだけでも面白かった。───だが、この平穏にも少々飽きてはきていた。
別段他マスターと戦う理由はない。が、戦わない理由もない。
そういうわけで今日はいつもと違い魔力を剥き出しにしてボーっとしていた。
お気に入りのベンチには愛槍をたてかけ、自らの魔力は微塵も隠そうともしない。
(あ~・・・・・・、だれか暇な奴でも釣れねぇかなぁ・・・・・・・)
そんな彼の願いを知ってか知らずか、晴れた空き地に来訪者がやってくることになる。

来訪者の存在に二人はすぐに気付く。この広い空き地で奇襲は不可能に近い。
だだっ広い空き地に死角はなく、イギーの鼻と耳を誤魔化して二人に近づける暗殺者など存在しないだろう。
ついでにランサーのルーン石で簡易鳴子も所々に設置しているので
一般人はもちろんの事、スタンド使いにも魔術師にも一応の対応はできている。

だからであろうか? この来訪者は敵意も殺気も隠すことなく正面から堂々と近づいてきた。
この度胸ある来訪者への一人と一匹の行動は早い。
ランサーを槍を構え軽く準備運動を始め、イギーは遊びに来ていた手下の犬達に逃げるように伝える。
今、空き地からは普段の静けさが消え、緊張感が張り詰める。存在するのは四つの意思。四の闘争者。
そこに裏はなく目的の為の闘争ではありえない闘争の為の闘争。
槍兵は一応問いかける。己を殺しにきたことが一目でわかる相手に対して
「よう。おまえ、俺の相手だろ?」
相手がなんと答えるかは関係ない。手に槍をなじませ腰を落し眼光を鋭くする。

準備はできた..       久々の戦闘だ。平和もいいと思ったがやはり俺には戦場が合っている
さあ答えろ.         早く発声しろ それが合図 言え 言え 言え!
理由もなく結果もない   俺の衝動に答えて見せろ! 

「・・・・・・・・・貴様の命、貰い受ける」
鞘から刀を抜き男が答える。その眼に容赦の色はない。
予定調和の元で始まる艶武、舞う血飛沫はどちらのものか
開戟、障害物のないシンプルな闘技場で槍と刀が火花を飛ばしあう。
そこに観客はなく槍兵と刀使いを観察するは二つの能力者。
先に放たれたのは槍兵の魔槍。
この男、今まで溜めてきた何かを吐き出すかのように、進む。
槍の間合いを保つでもなく唯ひたすらに打突を、死刺を、殴払を繰り出す。
かの者から繰り出される一撃はどれも神技の域に達してると言っていいだろう。
その速さ、重さ、精確さ。全てが人の思い描く理想を遥かに上回る威力。
だがしかし、それこそ常人が受けたなら一撃で殺すだろうその槍を、刀の男は逸らしていく。
避わすことは不可能かとも思わせる神速の槍に刀を絡め、いなす。
そして反す一撃で槍兵をその光刃に掛ける────
これで決まる、はずである。
相手がこの世に身を置くものならば、前進に出した槍をいなされた以上
ランサーには刀の男が振り下ろす刃を受ける術はない。
ない───はずだが、ランサーは突いた速度より速く槍を引き、ただ力一杯刀を弾く。
それだけで刀は空を斬る。
「ハァッ!!」
体勢を崩した刀の男、その隙を見逃すはずもなく渾身の力を込め心臓を穿つランサー。
心臓を突かれた男は軽く10メートル近く吹き飛ばされたものの、その胸に風穴は穿たれいない。
つまり、刀の男は自ら地を蹴り後ろに飛ぶことで致命傷を避けたのだ。
「ん~~~ッ、65点ってとこだな。人間にしてはやるようだが、所詮は人間。
 サーヴァントを相手にするにはチィとばかし役が過ぎる。
 にしても…………、あんたの剣技もずいぶんと安売りになったものだな、なぁ大将!」
何もない空間にランサーが呼びかける、するとそこに和服の青年が現われた。
魔術やスタンド能力の類───ではなく、単に姿を消していただけである。
つまりは、サーヴァント。
端正な顔立ちをしているが、その手にはゆうに五尺を超える刀を持っている。 
「……………………フッ」
突如空間に現われた青年は、答えない。
「『覚えた』………」
ゆらり、と代わりに刀の男が答えた。その刀剣からは妖しげな雰囲気を漂わせ、その眼からは狂気を垂れ流す。
「お? まだやるの? やめとけよ、あんたじゃ俺に勝てねえよ。
 それより大将、『前の世界』じゃ世話ぁなったな・・・・・・あの時の決着、つけようぜ」
ランサーがアサシンに闘士を向ける。既に刀の男に興味は無い。
───この二人、ランサーとアサシンを器に冠するサーヴァントは別の世界で出会っている。
ココとは別の平行世界、正確に言えばこの世界の方が平行世界(パラレルワールド)なのだが
舞台に立つ役者は知るよしも理由もない。
しかして英霊たるサーヴァントは時間軸から外れ 世界軸を行き来し記録を増やしうる。
ゆえに、座のベースにアクセスしヒットをかける事により今までの相手の記録を引き出せる。
「…………………そうだな、悠久の流れにはそのような事もあったかも知れぬな。
 だが剛の者よ、そなたが今相手にしてる者は安くは無いぞ?」
「ウゥッシャァァァァアアアッッッ!!!」
刀の男が地を蹴った。十数メートルの距離をコンマ5程度で詰めたであろう。
しかし少々人間の限界を超えたところでサーヴァントの相手ではない。
「てめぇはもういいんだよ。そんなに死にたきゃ殺してやる」
ランサーは構えもせず無造作に心臓めがけて正確無慈悲に槍を突き出す、そして、何事も無くはじかれる。
「ッゥゥゥウシャャャァァアア!!」 
「うぉ!?」
奇声と共に払った刀の男の太刀がランサーの胴を切り離しにかかった。
が、それをギリギリのところで槍で防ぐものの返す一撃が続かない。
「て、てめぇ なんだその速さと剣力はッ! 今まで力を隠していたってのか?」
ギリ、ギリリと槍が押されていく。その力は既にローギアで対応できる威力を超えている。
「ん~~~~~~~~ッッ! シャァッ!!」
力一杯刀を振りぬく、それすらランサーには耐えることが出来ずに飛ばされてしまう。
「ちぃ! 強いんなら先に言え! そしたら手ぇ抜かずに相手してやったのによ!」
軽く着地しながら減らず口を叩くはランサー。
「ほう・・・・・・。まだ速く動けるか・・・・・・だがそれももう『覚えた』」
「………あぁ? まあいいさ。人間相手にゃもったいない無いが、オレも少し本気をだそう」
眼光に殺意を込めなおす、もう油断も慢心も捨て去ろう。
ここにきて今まで戦闘に参加していなかったイギーがランサーに視線を送った。
ランサーが苦戦するようならアシストをするぞ、という合図だ。
「イギー、てめぇは引っ込んでろ。サーヴァントが人間相手に力を借りるわけにはいかねぇよ。
 お前はもうちょいそこのイケメンを見張ってろ」
刀の男から目をそらさずランサーが答える。そうだ、仮にも彼は英霊なのだ。
魔術師かなんだかしらないが、人間程度に遅れを取るわけには死んでも出来ぬ。
「……フ、人間相手、ねぇ……。
 忠告するぞ、剛の者。その者、あぁ名はアヌビスというのだが───、アヌビスは私より強いぞ」
アヌビスが再度地を蹴り、そして同時にランサーも前に出る。
槍と刀の三度目のせめぎ合いが始まった。一度目は槍が、二度目は刀が主導権を奪っていった。
しかして三度目の争いは、槍が有利か。
ギアをローから二段上げて対応する、それだけでアヌビスの肩に、足に、傷を負わせる。
とどまることを知らない加速に、アヌビスが圧倒される。
前にでたはいいものの、ランサーの技と力の前になす術なく後退を強いられ、
二歩、三歩、足が後ろに進む。
このままいけばあと数十激のうちにアヌビスの首は飛ぶ、イギーの目にはそう見えた。
しかしそれが不可能な事は小次郎、アヌビス、そしてなによりランサー自身が判っていた。
(この人間ッ 打ち合うごとに強くなっていきやがる!)
槍を突く。一瞬で人体の急所を同時に三点は穿つであろうその突激、
一撃目は喰らうものの急所をずらすことで致命傷をさけ、二撃目を刀で防ぐ。
さらに三撃目に至ってはランサーよりはやく動き発動前に潰してしまう。
(ふざけろ……! こいつ本当に化け物か!)
戦闘で後れを取る事に恐怖は無い、しかし屈辱が身に沁みる。
そして「『覚えた』ぞ……」その音と共にアヌビスが今日で最高の、そして最速の一撃を振り下ろす。
直感───、というものでもないが、長年の戦闘経験からくる勘で
受ければ槍が軋みを上げるであろう太刀を拒否し、ランサーは後ろへと跳躍。
ランサーの速度は平均も瞬間もサーヴァントの中でも1、2位を争うほどの速さである。
常人の脳髄であれば残像すら処理できない速さであろう。
───が、   
          「それは既に『覚えた』ッ!!」
「……おい、アヌビスとかいったな。」
ランサーの足はザックリと斬れている。
しかし決して浅くは無いその傷を槍兵は気にもせずアヌビスを睨み返す。
「貴様を認めよう、接近戦でオレに敵う人間がいるとは思わなかったぞ。
 アサシンより強いというその言葉も、あながち嘘ではなさそうだな」
空気が 冷えつく
「ならばこちらも全力で答えよう。受けるがいい、我が必殺の一撃を」
オドとマナを貪欲に暴食し、吸収し、高め、究める
かの技は込める魔力の量が多いほど必中の呪いは強くなる。
「刺し穿つ(ゲイ)───、」
込められた魔力は既にアヌビスを殺しきるのに十分すぎる
真名の開放、それにともなう溜め、引き、出力、因果の決定
───隙とよぶには極小すぎるその瞬間、しかし殺すには十分なその時間。
アヌビスが見逃す理由は無い。
「     」
音にならない発声から繰り出されるは、現アヌビスが最強の技燕返し。
かわせぬであろう因果の槍に対し、かわせぬであろう多重の刃で返す。
だが槍兵とて熟練の手だれである。
己の技の長所も短所も知り尽くし、それゆえに己の技を何処までも信じきることができる。
ほんの一瞬、決着までのその時を稼げば槍は当る。
だからこそ、相手もその一瞬に全力をかける。
構えるランサーに、不可避の刃が襲い掛かった。
───偽者、贋作、似非。それらが本物を越えることはありえる。
が、限界突破能力を有する古代の刀には限界があったらしい。
燕返しは完璧ではなかった。
ランサーが真名を開放するその瞬間、放たれた刃が英霊佐々木小次郎のものであれば
その刃は三つの円を同時に描いたであろう。
しかし、一般人を操るスタンド使い アヌビスの能力では同時に三つは繰り出すことができなかった。
それでもその時差はほんの僅か。
だが人の目で見ればほぼ同時であろうズレは、対サーヴァントでは決定的であった。
竹唐割りによる一太刀目を最小限横に避け、胴を払う二太刀目を魔力を込めた槍で受ける。
そして本来同時に発生したはずの三太刀目は避ける事も受ける事もできない───
たとえ後ろに跳んだ所で刃の射程から逃れる事はできないはずの軌跡は、
覚えることが叶わない時差ゆえに、防がれた。
なんのことはない。たとえどんなに速かろうが、同時でなければ意味は無い。
ゆえにゲイボルクが放たれるは必然。
「───死棘の槍(ゲイボルク)!!」
先をとられ、後の先もとられたアヌビスの心臓には、今度こそ魔性の槍が穿たれていた。
刺された男の胸から出た鮮血があたりに鉄の匂いを充満させる。
「それが貴様の宝具とやらか……、確かに『覚えた』………ぞ」
最後の力を振り絞り、なおも斬撃を出そうとするアヌビスの頭を何気ない一振りでカチ割るランサー。
あたり一面を脳漿と血が覆い隠した。
「我が神槍の前に朽ちるがいい。
 …………な~んてな。ヘッ、オレも大人げなかったか? 人間相手に本気を出すなんてよ」
崩れさる死体をよそに、ランサーの眼光はみるみる緩んでいく。
「でもまあ中々おもしろかったぜ。前座にしてはいい使い手だな、あのアヌビスとかいうの」
出しかけていた愚者を収め、イギーも座りなおす。
いざと言う時は援護に回るつもりだったが、その必要はなかった。
「いや、見事だ異国の神よ。我を覚えたアヌビスを倒すとはな。それでこそ倒し甲斐があるというもの」
「お~~、やっと大将の出陣か? ククッ、でもいいのかい?
 アンタより強いとかいうさっきの男を倒したんだぜ。今更前座より弱いトリってのはごめんだぜ?」
「なに、安心せい。主の宝具を覚えたアヌビスがいるのだ。こちらが負ける道理はない」
足音を出さずに死体に近づき、小次郎が刀を、アヌビスを拾い上げる。
使い手の男が死んだ刀に使い道はない、はずであった。
「ん? どうした刀なんて拾ってよ。あれか? 二本もって宮本武蔵ゴッコでもするつもりか?」
しかしイギーは気づいた。使い手の男が最後まで振りぬこうとした刀が、鞘に納まっているのに。
キャン! と一鳴き。それだけでランサーに異変を伝える。
「……………あ? おい。佐々木小次郎とかいったな、お前。
 貴様今まで力を隠していたとでも言うのか? なんなんだその阿呆みたいな魔力の量は」
余裕モードから一転、一気にハイギアまで精神と肉体を持ち上げる。
闘いを楽しむ嗜好を忘れるほど、小次郎の力は異様だった。
溢れ出るオドで大気が歪曲し、向こう側の景色が歪んで見える。
その眼は先ほどの男と同じ狂喜に満ち、口元は笑いを隠さない。
ここにきてランサーとイギーは同じ結論に至った。
先ほどまでの刀の男、あれは単なる一般人でまことの敵はその刀であったことに。
チッ!と呟きランサーは初手からゲイボルクを放てるよう魔力回路を起動させ、
恐怖に圧倒されぬよう、スタンドを出しイギーが構える。
アサシンのクラスを冠するサーヴァント。
この者相手に二人がかりは卑怯になりえなかった。
「覚えた『覚えた覚え』たぞ。我はまた一つ強くなりけり。貴様を斬ろう、我が秘剣を世に魅せよう』
 『絶つ命』 「ありて我が剣 命あり」
その男は既に狂ぅていた。
五百を生きる刀をもったその瞬間、偽りの英霊は誇りを失い、代わりに莫大な力を手に入れた。
捨て駒で敵の最高を無理やり引き出させ、覚える。
そのサイクルのリミッターを現存する魔術師最高峰のキャスターが破壊する。
そうして出来上がった鬼神の道具が、今まさに目前に迫り来る。
「ウォオオ!!」
一撃が必殺の威力をもつ斬撃がランサーを狙う。
両の手に持つ名刀により、長さで有利に立つはずの槍が一方的に押されている。
「いつまで! 『耐え切れる』かなッ!! 二人の達人の剣を!!」
抑揚が朗々と変化する。まるで一つの器に二つの主がいるように。
今やランサーは二人を相手に闘っている様なものだった。
たとえ物干し竿による攻撃の合間を縫って槍をだしても左のアヌビスで防がれる。
そればかりか時には同時に繰り出される太刀筋を防ぐ術はランサーには無い。
初めの数撃は何とか受けきれる。だがそれでは数分も持ちはしない。
攻撃はフールがしてくれる。だが半端な攻撃ではもはや掠りもしない。
太刀を受ける事はできない、受ければ次の太刀はさらに強くなる。
太刀を避ける事はできない、避ければ次の太刀はさらに速くなる。
攻撃を当てる事ができない、当てれば次の攻撃はかわされる。
もはや移動回避に徹する事だけが、ランサーとイギーが取れるギリギリの手だった。
だがそれにもいずれ限界がくる。
愚者の砂で小次郎の足をとるが、追いつかれるのはもはや時間の問題であろう。
(時間が取れねぇ……ッ! 死翔を穿つにゃ時間がかるッ)
一つの死体が見守る荒地で、撃ち合い───と言うにはあまりにも一方的過ぎる殺陣は徐々に速度を増す。
時間の経過と共に、ランサーの傷も速度も、そしてアヌビスを持った小次郎の強さも増していく。
だがランサーとて無策ではない。一気に最高速にせずひたすら反撃のチャンスを待つ。
(あいつがもう一度燕返しを使う時、そのときに決めるしかねぇ………。
 バカ犬! ちゃんと併せろよ!)
ランサーが霊ラインで繋がるイギーに直接話しかけた。
その僅かな時にできる僅かな隙に、今までランサーを狙っていた凶刃がイギーに向けられた。
既にその速さはイギーの反応速度を超えている。
斬・と言う鈍い音と共に、犬の姿は一瞬で三つに分解された。
「フ……ちょこまかちょこまか』と小ざかしい奴等だ・・・・・・」
反応速度だけでなく、いずれは移動速度すら最速に匹敵する可能性を一時おき、小次郎が足を止めた。
さきほど斬った犬の姿は愚者が作り出した偽者で、本体は未だ無事。
速度ではなく身代わりで避けるイギーに対し、小次郎の剣ではいささか手間が掛かる。
『ならば先に見せようか、我が不可避の太刀を………」
和服の剣士が剣を構える。両の剣をまるで一本かのように揃え、肩口で平行に右から左に流す。
集中、相手の方からこないとあらば幾らでも集中できる。
小次郎は魔力を───、否、かのものは魔術師でもなければ正規のサーヴァントでもない。
いうなれば魔力にも似た何かで己を高め、持つ刀に力を込めていく。
「はは、嬉しいね。じゃあオレも もう一度だけ見せてやるよ。
 お互い必中の奥の手、先に出したほうの勝ちってわけだ。判りやすくて面白いだろ?」
「愚か者が。貴様の剣は既に『覚えた』 たとえ持ち主が代わったとしても
 一度負けた相手には『絶~~~~~~~~対』に負けないッ!
 貴様の槍はもはや必中ではなァァアい!!」
「………かもな」
疲れから来るだけではない汗を無理やり引かせ、ランサーが本日二度目の宝具を準備する。
マスターであるイギーの魔力供給は決して多くないが、それでも一日に5、6は放てる。
死体を中心にランサーと小次郎、そしてイギーが三角形に立ち、お互いの射程距離ギリギリを保つ。
互いの技を放ちながら進むか、相手が圏内に入るのを見越して撃つか。
目視で確認してからの対応では遅い事は明白、ゆえに動く前に決断しなければならない。
小次郎が両の剣の鞘を真上に投げる。
ふと、かつて誰かに言われた言葉が脳裏をよぎる。
「───敗れたり、勝者なんぞその鞘を捨てん」
小次郎は思う、確かに勝負に勝てば刀を納める鞘は必要かもしれぬ。
だが逆だ。
生きている限りなぜ刀を鞘に収めようか?
刀を納めるのは死んだ時、その後でいい。それまでは最後の一時まで刀を振わなければ嘘であろう。
「………フ、いくぞ………秘剣…」
鞘が重力に従い自由落下を始めるころ、両者の決断は決まった。
「ゲイ・───」
ランサーは進み、小次郎は立ち尽くす。鞘が、ドサっと地面に落ち───

『燕返し』

最後の一合、先にでたのは侍の技。
それもランサーとイギーにとっては最悪の形で繰り出された。
小次郎一人ならば本来同時にでるはずの刃は三本、対象を円で囲む三つの軌跡だ。
しかし今前進する槍兵の視界に映るのは三本ではない。
六本───、でもない。

十と七本、槍兵に迫り来る刃だけで十七本。
そして十二本の軌跡がイギーを襲う。
計にして二十九の刃が───。否、それだけではない。
今、小次郎を囲む半径20m以内の空間内に『ソレ』は存在した。
小次郎を中心にドーム状空間に刃が走る。
上下左右関係なく、円の軌跡がそこらを飛び交う。その数は千を越え、空間内を死滅させる。

不可避と呼ぶには、ぬるすぎる。

多次元屈折現象、キシュア・ゼルレッチを単身の侍が昇華させ、アヌビスがそれを超越し
自分で自分を越える事により誰も届かぬ頂に到達した侍の技は、もはや宝具にも匹敵していた。
いや、このままいけば大陸一つをも死地へ陥とせる破壊の現象に到達することも不可能ではない。

『無数の』鋭利な刃物があなた目掛けて飛んできたとしよう、あなたなら、どうする?

1、自身が避ける
  不可能だ。それには数が多すぎる。
2、刃物の進行方向を変える
  これも無理。やはり数が多すぎる。
3、あきらめて、身に受ける
  残された選択肢は、之しか無かった

『………ボルク』
斬・と二十九の鈍い音が鳴り止んだ時、
その身に迫り来る全ての刃を受けながらもランサーは必中の槍を放っていた。
戦闘続行A。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。


ランサーが槍を放てたのはクラススキルのおかげ───ではない。
「ば、バカな……我が剣が」
ランサーが放った槍はアヌビスのコアとも言える柄を、小次郎の左手と共に完璧に破壊し
イギーが打ち出したスタンドは小次郎の右腰を深く抉っていた。
そしてランサーとイギーはまったくの無事、その身には傷のある砂の鎧。
「あ~ん? ちょっォと甘いんじゃねーの?
 お前だけが二人分と思ってたか? こっちにも戦えるマスターはいるんだぜ」
避ける事はできず、弾く事も叶わず。
なら、当ってもいいように身を固めるだけだ、至極単純。
ランサーとイギーに迫った刃では、砂の鎧を超え傷を負わすことはできなかった、そういうことだ。
『オレは貴様の槍を完璧に見切ったはずだ! なのに・・・何故』
「バカかお前。お前が見たのは『持ち主を狙うゲイボルク』だろうが。貴様自身を狙うゲイボルクは初めてのはずだぜ?」
アヌビスが 消えていく。破壊された柄から傷口が広がるように、まるで何かに呪われたように刃の部分も消えていく。
『砂の鎧と・・・ゲイボルク・・・・・・確かに『覚えた』……』
「はっ、あの世でやってろ」
カランと音をたて地に残るは刃の先端、お守り程度大きさになったアヌビスに映るは小次郎の眼。
その眼光はまだ絶望に染まっていない。
残された右手だけで物干し竿を振い、それに対しランサーがヒラリと距離を取った。
「……やめとけよ、勝負はもうついた。あんたが刀を握る必要はどこにもない」
「確かに、勝負はついたかもしれぬ………。だがこの佐々木小次郎、死ぬまで剣を離せぬ性質でな………」
アヌビスの先端を口で拾い、右肩に深く差し込みながらも小次郎は立ち向かう。
(すまんなアヌビス…、私に天下無双は重すぎたようだ。
 元来勝てぬ星の下に生まれたのかもしれん、そんな私につき合わせて悪かったな……)
(……………………)
アヌビスに、答える力は残っていなかった。
小次郎の体は何かが切れたかの様にカタカタと震えている。
膝は笑い、腕は上げようとするたび重力に負け、それでもなお刀と眼は死んでいない。
ランサーは震える小次郎を見て動かない。
自分からは仕掛けようとせず、相手が放とうとする最後の煌めきを見届けようという強者への敬意。
イギーも愚者を収め小次郎の最期を見守っている。

カタカタとワナナク小次郎。
その震えは止まることなくカタカタとカタカタといつまでも
カタカタとカタカタと、カタカタと、カタカタと、カカタカタと、タカタカタと、カカタカタカと、カカカカタ
かたかたかたかたかたかたとかたかたかたかたとカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
か      たかかたかた かたかたかたとかたかたかたかたとカタカタカタカタカカタカタ
カ タカタと カタかカ      タカタカタカタカタカ タカタカタカとタカタカタカ タカタカタカタ
か たかた かたかかた かたかたとかた       かたかたかた       とカタタカタ
カ       タカかタ カタ カとタカタカタカた か たかたたカタカタカカ と タカカタカタ
タカタとカタカタかカ たかた カタカタカタカ タカタ カタカタカとたかた かた かたかたか



            ぐしゃり、
 
                        と 気持ちの良い音。

「な・・・・・・・・・・・・にぃッーーーーーーーーッ!!!」
絶叫の訳は二つあった。
一つは、目の前で小次郎の体から無数のメスが出てきたこと。
もう一つは、ランサーの心臓があっけなく潰されていたこと。
反射的に槍を薙いだ。
だが槍は虚しく空を切りその行為は無駄に終る。
目が、かすむ。
視界が、狭まる。
足がもつれ、速くなるはずの動悸は既にポンプを失いビクビクと痙攣してる。
マスターの方に体を向ける。
ぼやけた視界にマスターの哀れな姿が写る。
マスターである犬は、投擲用のナイフで貫かれ体に幾つもの穴を負っている。
敵を、探す。
新たな敵を。
小次郎の体をメスで切り裂き、
己の心臓を気づかれる事なく潰し、
マスターを地に張り付けた敵を。
状況は既に決してるが、それでもまだ勝つことを諦めない。
  そうだ、考えろ。
           できることを探せ。
    この体はこの程度使い物にならなくなるほど柔ではない。
イギーも見た目には原型を留めている。
このままでは十中八九死ぬだろうが、まだだ、まだ生きれる『かもしれない』
敵は何処だ?
   いや違う。
                      見えない敵なぞどうでもいい。
       この場を離れろ。
                   やり直しは何度でも効く。
            逃げ切れさえすればどうにでもなる。
そうだ、ここは撤退だ。
               引け。
                   マスターを連れて離脱するのだ。


プツリと、両足が切断された。
地に這いつくばった。
 冷たい地と、生臭い血が混ざり合い頬を汚す。
上を、見上げた。
平素なら真正面のはずのその高さを、今は見上げた。
 地の匂いと、血の臭いが混ざり合い鼻腔を汚す。
音を、聞いた。
普段なら下から聞こえる足音を、今は直に聞いた。
 地の泥と、血のヘドロが口を汚す。
景色が崩れるのを、知った。
通常なら動かない景色が、『ポロポロ』と崩れていった。
よく、見えない。
視界が崩れる。
いやちがう。
崩れているのは景色のほうだ。
縞模様の人が見える。
彼と景色はハッキリしない。
その境界が曖昧だ。
景色に溶け込む、というのか擬態、というのか彼は存在がハッキリしない。
顔が見えない。
焦点がぼやけてよく見えない。
「                        」
焦点がぼやけてよく聞こえない。
焦点がぼやけてよく判らない。
          よく考えれない。
          よく喋れない。
ガツン と顔を蹴らた気がする。
自分で顔を動かしていないのに、いきなり視界が変わったのだから、
多分顔を蹴られたのだろう。
マスターが見えた。
ボロボロだった。
マスターが、見えた。
「貴様はスタンド使いと契約したことがあるのか?」
今度はハッキリと聞き取れた。
意識を急速に回転させる。
(ハッ、情けねぇな俺も。これしきの事でよぅ・・・・・)
ガツンと顔を踏まれた。
「答えろ。貴様は他に何人のスタンド使いと契約した事がある?」
かろうじてだが、生かされてはいる。
「あ? なんだてめぇは?」
ミシリと体重をかけられた。
「答えろ……」
状況を推し量るに、この男は英霊たるサーヴァントに何か聞きたいことがあるらしい。
ゆえに殺さない。
手綱を握りいつでも殺せるようにしてるが、意識と口だけはなんとか動く。
相手がこちらに用があるうちは生かされるらしい。
それならば、会話をつなぎ少しでも時間を延ばすのが最適だろう。
「………ねぇよ、今回が最初で最後だ…」
再度、顔を蹴られる。どうやら答えても答えなくても関係はないらしい。
「そうか。では、何人のスタンド使いを知っている?
 相手にした奴、共に戦った奴、話に聞いただけの奴……全てだ、答えろ」
「……………」
状況を確かめる。
自身の体は既に四肢が切断され、胸像のようになっている。
マスターは後ろ、声がするほうが前方として──、のほうで地に貼り付けられてはいるものの、
どうやら意識はあるようだ。
視認できる範囲に来襲者が二人。
一人は声はすれども姿は見えない。いや、見えはするのだが背景に溶け込んでいて非常に判りずらい。
今は足蹴にされている。ゆえに『そこに居る事を知っている前提』で空間を見れば気づく。
こちらの男がマスターなのであろう。
そのステルス能力はスタンドからくるものか。厄介な能力であった。
一方もう片方の来襲者といえば、喰っていた。
心臓を喰っていた。
既に生命維持機能を失い あとは魔力として霧散するだけの小次郎の死体を、喰っていた。
その腕は異様なほど長く、その顔に表情はない。
ランサーは奴を見て思い出す、過去にも自身の心臓が潰された事を。
───妄想心音、妄想心音、か。
「英霊というのは膨大な知識をもっているのだろ?
 それとも貴様は、オレのサーヴァントのように無知なのか?」
耳を削ぎ落とされる。
耳の付け根から剃刀の刃が出てきて───己の体の中からだ──プツリと耳を剥いでいく。
「……! ちっ。
 ……オレが知っているスタンド使いは、てめぇとそこの犬コロを合わせて二人だよ。
 他は知らねぇ。
 そんなことを知って……如何するつもりだ?」
「貴様には関係ない。
 貴様は阿呆みたいにただ質問に答えてればいいんだよ」
頬に新しい傷ができる。
まただ。
また『体の中から』刃物が出てくる。
宝具とは違う根源をもつ戦闘能力。
うちのマスターといい、この敵といい、今回の戦争は奇妙な奴等ばかりと出会う。
しかも『初めて』だ。
座の記録にすらない。
平行世界も時間軸からも解放された英霊ですら、このスタンド使いの存在を知らない。
この世界は全てが嘘で、全てが夢幻のような世界。
普通の世界では魔術師や魔法使いなら幾人とも出会ってきた。
だがスタンド使いは彼らと違う。
スタンドは明らかに魔術ではない上、彼らは根源を求めていない。
聖杯戦争参加者のくせに聖杯を求めない。
目の前の男は言う。スタンド使いの情報をだせと。
小次郎のもつ刀が言った。ただ闘いと。
ある犬コロはいった。         。
(あ~・・・犬。おい糞犬。生きてるか・・・?)
(……ん、結構。お前も中々しぶといな。)
(もうたっぷり休んだだろ? なら、そろそろいくぞ。)
(こいつらを・・・・・・

          ブチコロス           )

イギーから確かな意思が流れてきた。
「関係ない、ね。
 ああそうだ。どうせアンタはここで死ぬ。なら関係ないな」
「……気でも狂ったっか?
 まあいいさ。貴様の心臓を喰えばオレのサーヴァントも少しは使えるようになるだろう。
 楽しみだぞ 貴様がどんな知識をもっているのかがな」
「あ? なんだお前のサーヴァントは脳足りんなのか?
 けっ、白雉だろうが容赦はしねぇぜ。ここで果てろよ、てめぇら二人。」
『ゲイボルク』
と、ランサーが音を紡ぐ。
込める魔力は雀の涙、定めた因果は頼りない。
たぶんに、対象者に少しでも運命を変える意思と力があれば
その槍は真の臓を外れ力なく落ちるだろう。
槍を構える。既に伝達機能を失った腕を支えるは砂の腕。
砂の肉級が黒子のようにランサーの腕を持ち上げ、ままごとのように槍を投げさせる。
槍が地に落ちる。
カランと乾いた音を立てたあと、コロコロと転がっていく。
コロコロとコロコロと。
ランサーの目の前に居る男の方へ───ではなく、イギーのいる居るほうへ。
「………?」
リゾットには意味が判らなかった。
コロコロと転がる槍が、その動きをピタリと止める。
愚者のスタンドの足元で、ピタリと止まる。
ようやく運命は定められた未来に向かい動き出す。
ヒヤフッと槍が飛ぶ。
否、飛ぶのではない。
自分の居場所に、定められた場所に戻るかのように位置を求める。
何もない空間を槍が往復する。

サク
「………? な………に?」
胸に……穴?
なにが起きた?
転がっていた槍が急に浮いたのは視認できたが、何故オレの胸に穴が?

ポロポロと砂鉄が剥がれる。
景色と同化していた体から砂鉄がこぼれる。
ランサーを足蹴にしていた男が姿をあらわす。
その胸にはゲイボルクで貫かれた穴が確かにあり、
その顔は───、首から上はカチ割られていた。
ランサーの前にいたのはアヌビスに操られていた男、その死骸。
彼は生前だけでなく死後もまた、その体を弄ばれた。
「もしかしてお前、まだバレていないと思っていたのか? 目出度い奴だ。
 てめぇの能力は既に見切ったぜ。鉄を操るかなんかだろ?」
キャン・とイギーが抗議をいれる。気づいたのは自分なのだと。
「体中の鉄分を操り死体に簡単な動作をさせる、ね。
 はん、隠れたり操ったりセコイ野郎だぜ。
 血の臭いに紛れてやってきたのなら最後まで血の海にただずんでいやがれってんだ。
 バレバレなんだよ、『鉄の臭い』で」
キャン。と再度イギーが抗議をいれる。
場所が判るのはお前じゃなくて自分のおかげなのだと。
ポロポロと砂鉄が落ちる。
槍の軌跡のあとにリゾットが初めて姿を、暗殺者にとっての敗北を見せてしまった。
落ち着け。
まだ敗北が決まったわけではない。
心臓なんぞたかがポンプだ、ようは酸素を巡らせばいいだけのこと。
メタリカを使えばそんなことは容易い事だ。
死体を使っていたのがバレタのもいい、所詮あんな子供騙しはいずれバレル。
仕切り直しをすればよい。
まずはサーヴァントだ。
アサシンの器を冠する奴は失敗作だった。
召喚したはいいが脳がない。
だがそれも一人のサーヴァントを喰らう事によりその知識を得ただろう。
その知識と自身の暗殺術があ

シュト

後頭部から眉間にかけて風穴ができる。
脳髄がその生存を諦めた。

血が。
脳漿が飛び散った。
今や槍は心臓だけでなくあらゆる物を刺し穿つ。
一人目の獲物を死したのちも、槍はその役目を終えることなく飛び続ける。

マスターがやられてからの真アサシンの判断は早い。
仇討ちも考えずただ己の保身を第一に考え、即逃げに入る。
当然だ。
自分は暗殺者であり決して戦闘者ではない。
イギーに投擲したダークを拾うことなく、大地を蹴り離脱に入る。
真アサシンの判断は早い。
ただ、反応が遅かった。
考える脳があれば真アサシンは思ったであろう。
自分には運がない───と。
恵まれないと言い換えてもよいかもしれない。
かつてのマスターは低脳だった。
別に無能ではないが断じて有能でもない。
身に余る栄光を求めるがゆえ、御しえぬ手駒で自滅した。
阿呆かと、思った。
己がサーヴァントが戦闘に向かないと知りながらサーヴァントの相手をさせる。
何故敵のマスターを前にして引かねばならない。殺せ。
何故現状に満足できず器外れの栄光を求める。
その点でいえば、今回のマスターも阿呆かと思う。
何故すぐにマスターを殺さない? 何故敵の瀕死にしておきながら殺さない?
マスターが居ないとサーヴァントが消えるからか? 
英霊なら自分が知らないボスのことを知ってるかもしれないからか?
どうでもいい、と思う。そのようなこと。殺せ。殺せよ。
ボスに勝てないと言うならそれがマスターの実力なのだ。
高望みをしなくていいではないか。何故自身の器を知ろうとしない。
そして気づく。
世にあらざる苦行をして全てを鍛え、
死してなを後世に名を残さんと念を残し、サーヴァントとして使われる。
きっと自分も阿呆なのだろう。
阿呆なのか。
阿呆なのだろう。
マスターが殺らないのなら、自身で殺れば良かったのかもしれない。
足りないのは運ではなく、運命を変えようとする意思なのか?
なら仕方ない。殺せばいい。汚く浅ましく奇麗事も偽悪もいらない。
殺せよ、ああ殺せ。

もし彼に考えれる脳があるのなら、足に絡みつく砂を見ながら
胸にへばり付く砂の心臓、偽の心臓を見ながら、
そう───思ったかもしれない。
「うし、終~了~っと」
ランサーの手の辺りにイギーが砂の心臓を作る。
いわずと知れた愚者の心臓、偽の心臓。
その心臓に槍がドスと刺さった。
対象の心臓にようやく刺さる事ができた槍はその役目を終え再度飛び立つ事はない。
妄想心音───対象の偽心臓を作り出し、それを握りつぶす事で本物を圧壊する技。
それを少しだけ借りてみた。
ゲイボルクで愚者を狙い、イギーが愚者の心臓を任意の位置に作ることで
運防御無視で必中ダメージを与える。
即興の連携にしてはイギーは上手くやってくれた。
両者とも、少しだけ心地よかった。
互いにズタボロの体で空を見上げる。
雲がゆったりと流れて形を変える。

青空にゆったりと流れる雲

体を洗う緩やかな風  

隣にいるのは気の合う相棒

心地がいいとは、こういう事か


ランサーが目を覚ますと見慣れない天井が映った。
天井はやけに潔白で、逆に純白とは程遠い。
左を見る。窓と、やはり見慣れない外の景色が見える。
右を見る。誰もいないベッドと、自分の寝てるベッドの間に見慣れた犬が寝息を立ててる。
犬の体には手当ての跡があり包帯を身に巻いていた。
おくれて自分の体も手当てされてる事に気づく。
切断されたはずの四肢が繋がっていた。
誰が何のためにこんな事を・・・?
当然だが思い当たる節がない。
事情を知っている戦争相手ならばここぞとばかりにトドメを刺すだろうし、
通りがかりの一般人にサーヴァントを治癒する術はないはずだ。
なにかがおかしい、とランサーが良く回らない頭で思考しているとコンコンとノックの音がして扉が開く。
「あ、目を覚まされたんですね。お体のほうは大丈夫ですか?」
顔を出したのは綺麗な娘だった。
綺麗な髪と肌をしており年はまだ若い。
とりあえず看護士になれるような年齢ではないように見える。
「ちょっと、先生呼んできますね」
そう言うとすぐにもと来たところに戻ってしまった。
数分も立たないうちに医者のような男が
───どうみても医者に見えない髪形をしてるが白衣を着てることから医者と判断───
部屋に入ってきて開口一番奇妙な事を口にした。
「幸せになるには絶望を知らなければならない。
 君は───、どのような時に絶望するのかね?」
とりあえずランサーは思った。
ああ こいつは黒だ、と。

not to be continued
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