ジョジョの奇妙な聖杯戦争

決戦、亜空の瘴気

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  眼下には、漆黒の闇が横たわっていた。アヴェンジャーは館の尖閣の上で、その闇を眺め、座っていた。
「・・・・・・・何をしている、アヴェンジャー」
 対の位置にあった尖閣には、大柄な男が立っていた。
「よお、ヴァニラじゃねえか。どうした?」
 アヴェンジャーは、奇異な紋章が描かれた顔をヴァニラに向けた。
「・・・・・・敵が近づいている。お前には言っておこうと思った」
「そうかい・・・・・・・」
 一陣の風が、流れていく。
「なあ、ヴァニラ」
「なんだ」
「楽しかったよ。ありがとな」
 妙に影かかった表情で、アヴェンジャーはヴァニラに言った。
「今更なんだ、貴様らしくもないぞ」
「・・・・・・・・わからねえ。結局、俺はこの世界に居座っている現象に過ぎねえ。
 そして・・・・・どうやら、その現象が消えるときが来たみてえだ」
「・・・・・・・・そうか」
「てめえらみんな、つまらねえことに何時までもこだわってるバカだよ、俺もふくめて。
 惨めで、人を憎むことばっかりしてて、自分の未来なんか少しも考えねーで
 だけど・・・・・・・・それでいいんじゃねえの?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ヴァニラは、ただ、そのアヴェンジャーの言葉に耳を傾けているだけだった。
「はっ、ま、俺は楽しくやれりゃあ、それでいいんだけどな」

「・・・・・・・アヴェンジャーよ」
「なんだ?」
 ヴァニラは、静かに目を瞑り、夜の風をその肌に感じてから、言った。
「私からも感謝しよう。お前の呪詛の言葉は、私には何故か心安らかに感じる。
 お前がいなければ、私は永遠に喪失したままだった・・・・・・DIO様以外に感謝の言葉を言うのは、初めてだ。ありがとう」
「へっ、そうかい・・・・・・・・・・・・」
 アヴェンジャーは、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・・・これからどこへ行く?」
「悪いな、待たせてるヤツがいる。凍りついたままの世界がある。・・・・やわいヤツなんだ。
 どっかの誰かにそっくりだ」
「そうか・・・・・お前の未来だ。好きにするんだな」
「ああ・・・・・あばよ」
 次の瞬間には、そこには黒い犬が一匹いただけだった。やがて、屋根の上を跳躍して、夜の闇に消えていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ヴァニラは、アヴェンジャーもいなくなった屋根の上で、静かに佇んでいた。
「・・・・・行こう。我らが王の為に」
 突如、ヴァニラの後ろに、口としか形容できないスタンドが現れた。そのスタンドが、ヴァニラの体を掴み、そのまま口腔内に押し込む。
『ヴゥアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 やがて、自らもその底なしの闇に押し込み、完全に現世からその姿を消した。
 突如、コルクを抜いたような穴がさっきまでヴァニラがいた場所にできた。

 夜になると、ランサーは街中を徘徊しなくてはならない。
 ランサーが散歩したいわけではない。いや、散歩は好きだが、真夜中にする理由はない。
 イギーが散歩するからだ。いくらイギーのスタンドが絶大な力を持っているとはいえ、敵は待ってはくれない。
 だから、ランサーも付き合わなくてはならないのだ。
「おい・・・イギー・・・マスターだからってなあ・・・・・・」
 ランサーが文句垂れると、イギーは前足の肉球に刻まれている令呪を見せる。
「わ・・・わーったよ。・・・・くそ、全く・・・」
 はっきり言って、イギーは聖杯に執着を持っていない。ランサーという便利な『力』を利用しているだけだ。
「ちっ。えい、つついちまえ」
 何時もだったら、愚者が現れ、ランサーに威嚇をするだけだったが、今回は違かった。
 ただ、鋭い眼光でランサーを睨んだだけだった。コーヒーガムも噛んではいない。心なしか、凛々しい顔になっている。
「・・・・なんだ、イギー。お前、まるで戦いに向かう戦士の顔だぜ?」
 ランサーは、茶化したつもりだった。だが、イギーは真剣な顔で頷いた。ランサーには、イギーの声が聞こえた気がした。
『俺はてめえのマスターだ。てめえには、地獄の底までついてきてもらう』
 そう、聞こえた。
「・・・・・・・・・・分かったよ、イギー。今回は、お前にどこまでもついていってやるよ」

 ほんの少し、斜めに曲がっているようにも見えたし、天にどこまでも伸びているようにも見える。
 早い話、錯覚を起こすような、歪な館だった。
「・・・・・・・ち、視力が落ちたかな?あ、おい、イギー」
 イギーは、堂々と開け放たれた門から館の中に入っていった。門からは、うっすらとどす黒い瘴気が流れていた。
「・・・・・・・・・・出迎えてんのか?まあ、いい」
 

 カツ、ペタン、カツ、ペタン、と、ランサーとイギーの足音が交互に響く。
「・・・・・・・おかしい・・・・・この館はおかしいぞ」
 歪とか、そういう問題ではない。何故、ここにこの館が存在し得るのか、そこからがおかしいとしか思えない。
「幻覚か・・・?・・・違う・・・もっとこう・・・重力からしておかしい・・・そんな気がしてならないな・・・」
 その時、突然通路の奥から声がした。
「ようこそ・・・我らが主、DIO様の館へ」

「あ?」
 イギーとランサーは身構えた。吹き抜けの階上、そこには一人の女性が立っていた。
「私はDIO様の召使い・・・・ただそれだけです。何の御用ですか?」
「ああ?DIO?誰だそりゃ?・・・・イギー、どうした」
 イギーが、その女性に牙を剥く。その女性、というより、その女性が発した『DIO』という単語に反応したようだった。
「・・・・・・・・で、ここにいるのはお前一人か?」
「いえいえ、私だけではありません。DIO様の御友人、プッチ神父、そのサーヴァント、アーチャー。そして、DIO様の忠実なる下僕達。
 そして・・・・・・・・DIO様のサーヴァント」
 そう言うと、女性はにっこりと笑った。
「ほお・・・・で、ヌケサク。俺にそんな情報教えていいのか?」
 途端に、女性の顔の動きが止まった。と思いきや、後ろ髪の辺りがもぞもぞと動いた。
「キ、貴様!何故俺の名前が分かった!?・・・・ハハッ、仲間の名前だと!?それはハンデとして教えたのだ!俺はヌケサクではない!」
「・・・・バカか。どこの世界にあっさり自分の正体を明かす奴がいる。そして」
 ランサーは、ゲイボルグを担いだ。
「どこの世界に逆に腕がついた女がいる」
 そのまま、何の魔力も乗せずに、普通に、ゲイボルグを投げた。勿論、秒速でも単位として小さく感じるほどの速度であった。

「ぐげえええええええええ!」
 ゲイボルグは、何の効果も発揮していない。というか、本来戦場で武器を投げるのは懸命とは言えない。
 しかし、コントロール×速度×重量は完璧な数値であり、完全にヌケサクの胸板を吹き飛ばした。ヌケサクの肺やら分厚い血管が飛び散る。
「うげえええええ!うげええええええええ!」
「あ?・・・・・・ちっ、死にきらなかったか噂にゃ聞いていたが、吸血鬼ってヤツか。それならトドメを刺すまでだな」
 ボキリ、ボキリと腕の骨を鳴らしながら、ランサーは階段を登り始めた。と、そのランサーのズボンの裾を、イギーが引っ張る。
「警戒しろってか?分かってるさ。ここは敵地だからなあ」
 歩みはゆっくりに見えたが、あっという間にランサーは二階に辿り着いていた。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい!」
 カツラを放り投げ、関節を正常な方向に直してから、ヌケサクは必死に地面を這って無様に逃げ始めた。
「バカなバカなバカなバカな!俺がヴァニラなんかに劣るっていうのか!そんなはずはない!俺は世界最強の吸血鬼なんだ!」
「オラ・・・・・逃げるっつうのかよ!」
 ランサーが、鋭いつま先を持ったスパイクつきの戦闘用ブーツで、ヌケサクを蹴り飛ばした。
「ぎゃあ!」
 ヌケサクの小柄な体は床を転がり、1階に落下した。
「くそ・・・くそ・・・俺は吸血鬼なんだぞ!世界最強なんだぞ!DIO様の手下なんだぞ!」
 破綻した、支離滅裂な言葉を叫びながら、ヌケサクは半ば転がるように逃走を続けた。
 だが、その逃走経路には、一匹の犬がいた。すると、周辺にばら蒔かれていた砂が一点に集まり、車輪を装備した、何の動物にも見えない、しかし獣を思わせるスタンドが現れた。
 ゆっくりと車輪が回転を始める。瞬間、愚者が全速前進した。
「ギャ・・・・・・ぎゃああああああああああああ!」
 再びヌケサクは地面を転がった。もう、胸から下は原型を留めていない。胸から上は、直視できない。
「クソ・・・・・・・・・くそ・・・・・・・・・ううううううう」
 その時、ヌケサクはヴァニラの言葉を思い出した。
『いいか・・・ヌケサク。貴様は強い。まあ、人間よりは強い。だが、バカだ。だが、貴様もDIO様の同士。
 逃走経路を広間の北東に作った。もしものときはそこまで逃げ込むんだな・・・後は私に任せておけ」
「ひい・・・ひい・・・・・・・くそ・・・・・悔しいが・・・そこから・・・・逃げてやる」
 右腕で床を這い、絨毯を毟りながら突き進み、ようやくその真っ黒な穴を見つけた。
「穴?イギー!逃がすんじゃねえぞ!」
「グワフウウウウウウ!」
 愚者が滑空しながら宙を舞う。一気にヌケサクとイギーの距離が縮まっていく。
 あたかもそれは、ヌケサクにとっては死神の翼のようだった。ヌケサクは、自称、世界最強の生命は、バケモノ百足に追われるネズミそのものだった。
「ひい!」
 果たして、その逃走は成功した。ヌケサクが、穴に飛び込んだ。しかし、愚者の変幻自在の腕は、ヌケサクの千切れた胴体を掴んでいた。
「ひやああああ!ひやあああああああああああ!ぎゃああああああああああ!」
「よおし、イギー、よくやった。後は俺に任せろ」
 ゲイボルグを掴んで、ランサーが戻ってきた。そして、愚者に変わって、ヌケサクの足を掴む。
「ぎゃああああああああああ!ぎゃあああああああああああ!」
「おいおい・・・・・・・・・・まるで俺達が極悪人みたいじゃねえか」
 実際そうだが。
 ヌケサクは、穴の中でもがいていた。
「・・・・・・・なあ、イギー。こいつに人質としての価値か、情報を引き出すだけの価値があると思うか?」
「フルフル」
 イギーは、首を横に振った。
「だな・・・・・・もう行っていいぞ」
 ランサーは手を離した。ヌケサクは、芋虫のように穴の中に潜り込んでいった。
「ハッ、ま、準備運動には十分だったよ。あばよ」
 イギーとランサーは、振り向き、階段の方に歩いて行った。ヌケサクの叫びはまだ、尾を引いていた。
「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・『ガオン』

 その時、ヌケサクの叫びが止んだ。

 ランサーはその時、イギーの歯が鳴る音を聞いた。間違いなく、恐怖が息づく音だった。
「・・・・・・・・・バカな。俺の体が・・・・・動かない・・・・?」
 それでもランサーは力を振り絞り、首を動かそうとした。振り向こうとした。
「あのアホなヌケサクは死んだ・・・・・・・粉みじんになってなあ」
 振り向け、振り向け、俺は振り向ける、俺は振り向ける、振り向け、振り向け、早く振り向けよ、振り向くんだ。
「ま、前に走れ!イギー!」
 イギーがランサーに吼えるのと同時だった。一人と一匹は、一気に階段を駆け上がった。
 すると、今までそこに存在していた穴が、突如消滅した。後には、何もなかった。何時も通り、厳然とそこに壁は存在していた。
「ふん・・・・ヌケサクめ。成功するか失敗するか分からずとも戦うヤツは、決して愚かではない。勇者だ。
 だが、失敗するしか道がない戦いに自ら出るのは、最早ただの阿呆だ」
 広間の真ん中に、その男は現れた。
 DIO、最後にして最強の守護者、亜空の瘴気、ヴァニラ・アイス。クリーム。

「なんだ今の不愉快な空気は・・・イギー!絶対に止まるな・・・・っておおい!」
 イギーは愚者の上に乗り、悠々と階段を登っていく。
「くそ!マスターのやることかよ!・・・とにかく上に逃げるしかねえか!」
「ほお、で、上の何処に逃げるつもりだ?」
「な!?」
 三階へ続く階段、そこにはついさっき、広間に突如出現した男が立っていた。
「追い詰められている・・・・・と、まだ気が付かないか?」
「う、うおおおおおおおおおおああああああ!」
 ランサーは、ゲイボルグを条件反射的に突き出した。その一撃は、ヴァニラの胸板を貫いた。
 しかし、ヴァニラはその一撃に対して、何の反応もしなかった。
「・・・・・・・あの時は、自分の体質に気が付いていなかったから、不覚を取った」
 ゆっくりと、ヴァニラはゲイボルグを掴む。
「だが、私はDIO様に力を与えられたことを自覚している!この素晴らしき力、たっぷり味わえ!気化冷凍開始!」
 ゲイボルグの表面を、霜が伝っていく。その霜がランサーの右腕を覆ったとき、突如ランサーの腕が破裂した。
「ぐあ!・・・・・・・な、なんだよ、こいつの力は!」
 咄嗟に左腕で右腕を掴み、ゲイボルグごと右腕を引き抜いた。
「ふ・・・それで右腕は使いものになるまい。だが、まだ終わっていない」


 ランサーは、右腕を抱えながら、踵を返した。
「や、やってられっかよ!幾らなんでも分が悪すぎる!」
 そして、ランサーは振り向いた。
『振り向いたな?』
 ランサーが振り向くと、そこには、一つの穴がぽっかりと空いていた。
『・・・・・・・貴様もこの暗黒空間で、粉みじんになって死ぬがいい』
 ゆっくりと、深遠が広がり始めた。
「バ・・・・・・・バカな・・・・・・・・・・」
 もう、ランサーは一歩も動けなかった。完全に、圧倒的な暗闇に、翻弄されていたからだ。
「グワフウ!」
 その時、愚者がランサーの体を引っ張っていた。
 『ガオン!』
 空間が暗闇に捕食される瞬間、ランサーの体は横に引っ張られていた。さっきまでランサーが立っていた場所の床は、まるでヤスリで磨きぬかれたように破壊されていた。
「ぐお・・・・イギー、すまねえ・・・ってお前!」
 イギーの後ろ足の脹脛から、血液が噴出した。
「グウ・・・・・・・・」

「・・・・・・・・俺のミスか」
 既に、ヴァニラは暗黒空間にその身を隠していた。すぐに次の攻撃に移行することはあきらかだ。
「・・・・・すまなかったな、イギー」
 ランサーは、右腕を庇っていた左腕を離した。そして、完全にゲイボルグと一体化している右腕から、皮ごと引き剥がした。
 そして、マイナス数十度のゲイボルグを、左手で掴む。
「少し動転していたようだ・・・・さあ、かかってこい、亜空の瘴気よ」
 再び、その空間に、どす黒い瘴気が流れ始めた。
「貴様の性質はよくわかった・・・現世ならざる空間に敵を引きずり込み、破壊する能力だな?」
『その通りだ。だが、それが分かって、どうなるというのだ?』
「こうするまでだ」
 突然、ランサーは天に向かって、ゲイボルグを突き出した。
「!?」
「なめるなよ?英雄の霊感というやつを」
 ランサーの直上から、ヴァニラが暗黒空間から顔を覗かせていた。そして、その体勢のヴァニラの口には、ゲイボルグが突っ込まれていた。
「ぐぼぁぐあ!?」
「へ、どうだい?ゲイボルグをしゃぶらされる気分は?」
 ランサーは、さらにゲイボルグをヴァニラの口の中に埋めていった。
「ぐぃずあまああ!」
「遅い!」
 一気に、ゲイボルグを下方に引っ張った。ぶちぶちと肉が千切れる音がした。
「ぐぼああああああああ!」
 そのまま暗黒空間からヴァニラアイスは引きずり出され、地面に叩きつけられる。


「け、少し汚れちまったな」
 ゲイボルグの刃には、ヴァニラの内臓がこびり付いていた。ランサーは、それを千切り取り、地面に叩きつけた。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・・・・・・貴様・・・・・よくも」
「へ、最初はちっとびびったが、大したことねえなあ。吸血鬼ってのはこんなものなのかい?そのDIOってやつも・・・雑魚なんだろうな?」
 途端に、イギーの顔が蒼ざめた。言ってはいけないことを言ってしまった、という顔だった。
「・・・・・・・・」
 ヴァニラがふらりと立ち上がり、囁くように言った。
「・・・・・・・・・貴様、今何を言った?」
 ランサーは耳に手をあてて言った。
「あ?聞こえませんでしたかあ?吸血鬼は聴力が悪いのか?そのDIOって奴も大したことねえって言ったんだよ」
 ヴァニラの眼窩で、何かが動いた。
「大体、思い出したぜ。お前、あのアヴェンジャーのサーヴァントだろう?あいつも大したことねえサーヴァントだか」
 みなまで言うことはできなかった。次の瞬間には、吸血鬼の最大脚力でヴァニラが突進していた。
「ぐあ!」
「この犬もどきがああああああああ!!DIO様とアヴェンジャーを侮辱したなああああああああ!」
 一瞬完全に無防備な姿になったランサーに、問答無用のアッパーがはいる。
「ぐがああ!」
 一瞬、宙にランサーの体が浮いた。同時に、暗黒空間を伝ったのか、ランサーの腹の上にヴァニラがいた。
「踏み殺してやる!この犬奴隷野郎があああああああ!」
 一気に、鳩尾にヴァニラの踵が落ちる。
「ぐぼぁ!」
 ランサーの口から、血飛沫が飛び散る。
「貴様を殺すだけでは私の怒りがおさまらんッ!貴様が悪いんだ!貴様がDIO様とアヴェンジャーを侮辱した!
 侮辱したんだ!思い知れ!思い知れ!どうだ、思い知れ!思い知ったか!思い知れ!思い知れ!」
 その光景を、震える思いでイギーは眺めていた。その時のヴァニラこそ、まさに暗黒空間そのもの、バリバリと裂けるどす黒いクレバスそのものだった。
「ウワウ!」
 イギーがランサーの元へ走ろうとした。と、突然何者かがイギーにタックルした。それは、真っ黒な、闇そのものを思わせる犬だった。
「ぐルルルルるるるる・・・・・・・・・・・」
 実体が不確定な、曖昧な姿の犬だった。

 牙を剥き出しにした黒犬が、イギーを威嚇する。イギーは一歩も前にでることができない。ただ、イギーも威嚇するだけだ。
「思い知れ!思い知れ!思いしれ!思い知れ!思い知れ!・・・・ハア、ハア、ハア・・・・」
 辺り一面深い闇に覆われていたとはいえ、ランサーの姿は、さっきのヌケサク同様、二目と見られない姿になっていた。
「ふ・・・・ふははは・・・・思いしったか、この犬奴隷が。ふあっはっはっはっは!」
 ランサーは、ぴくりとも動かなかった。
「ふあっはっはっはっは!・・・さあて、次は貴様だ、犬」
 ヴァニラが不敵な笑みを浮かべ、黒犬と牽制しあっているイギーに歩み始める。
「どうした・・・犬。早くスタンドを出せ。どうしたんだ?早く抵抗しろ。貴様も奴と同罪だ」
 ところが、そこでヴァニラは眉をひそめた。ヴァニラが『スタンド』と言ったとき、イギーが不敵に笑ったからだ。
「・・・・・・・・・・まさか!?」
 ヴァニラは、さっき何十回も殴打と蹴りをくわえたランサーを見た。しかし、そこにはランサーはいなかった。
 あったのは、さっき壊れたヌケサクの残骸と、地面に投げつけられたヴァニラの臓物、そしてそれをランサーの形に覆った砂だった。
「バ・・・・・・・・バカな!?それではランサーはどこにいる!?」






「ここだよ、バァカ」


 三階から声がした―そう気が付いたときには遅かった。吹き抜けの構造となっているこのフロアの上部階層より、ゲイボルグをもったランサーが跳躍していた。
「・・・・・・・・キサマ、まさか」
 一撃。ヴァニラの体は、穿つ魔槍、ゲイボルグで床と串刺しにされていた。
「ぐがごがああ!」
「まだだ、これで終わりと思うなよ!」
 そのまま90度、地面に突き刺したゲイボルグを真下に回した。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!]
ヴァニラは本日最高の絶叫を上げた。脊髄まで、完全にぶった切られていた。
「ダメ押し、もう一発!くらいやがれぇ!」
 引き抜いたゲイボルグを、今度はヴァニラの脳天に向けて突いた。吸血鬼の唯一の急所、知識の根幹、脳髄。
「これで終わりだぁぁぁぁぁ!」
 だが、その一撃は、奇妙な感触とともに停止した。
「なに!?・・・・・・・・アヴェンジャーか?」
 黒犬が、ゲイボルグの先端を、横から飛び出して、喰らいついていた。
「ちっ」
 突如、闖入者によってとどめの一撃が押し留められ、ランサーは舌打ちをした。そのままバックステップで退く。

『おい・・・・・ヴァニラ。大丈夫かよ?動けるか?』
 ヴァニラの脳に、直接アヴェンジャーの声が届いた。
「あ、ああ・・・・アヴェンジャー。お前だったか・・・動く動けるの問題ではない。私はまだ動く・・・・だが」
『だが?』
 ヴァニラは、一拍置いてから言った。
「もう・・・・見えない。少々血を失いすぎた。体も壊れすぎた。所詮私は半端な吸血鬼だ。完全に再生させるのは無理だ」
『そうか・・・・・・俺の傷なら、アヴェスターで写せるんだけどな・・・・・』
「そう言うな。お前だって言っているだろう。不幸を一緒に背負うのはまっぴら迷惑だ。幸福だけ二人で味わえばいい、とな」
『・・・・・・・お前、人から、変わったよなお前、とか言われるだろ』
「ああ、言われた・・・・・・・・・だが」
『だが?』
「なかなか悪くない」
『そうか』
「・・・・・・・・・これから最後の戦いを仕掛ける。お前は危険だ。早くここから去れ」
『・・・・・・・・もう、死ぬな、お前』
「ああ」
『だけど・・・・・精々頑張れよ』
「言われなくても、そうするしかない」
『そうか・・・・・・・・・・じゃあ、あばよ』
「永遠に、さらばだ。我が友、アヴェンジャーよ」

 黒犬は、階上に消えていった。残されたのは、全身ズタズタとなったヴァニラ・アイスだけだった。
「へ、ヴァニラ・アイスとやら。もうお前の足場は残ってないぜ。どうする?降参するか?」
 断続的に、ヴァニラの体から血液が噴出する。ヴァニラは膝をついて、ただ座しているだけだった。
「・・・・・・・・ここからは・・・・・・・・」
「あ?」
「ここからは・・・・もう、何も手加減はしない」
「だったらどうするんだ?」
 イギーは、鋭い顔でランサーを小突いた。
「今まで、このDIO様の城を守るため、気を使って戦っていた・・だが」
 咄嗟に、ランサーはゲイボルグを構えた。
 ヴァニラの後方に、クリームの姿が現れる。ヴァニラは、骨が露出した足で、もう一度立ち上がった。
「もう一切の手加減はしない!貴様らは徹底的に殺す!それが私の最後の戦いだ!」
 再び、ヴァニラは自分の体を暗黒空間に隠した。
 次の瞬間、ヴァニラを飲み込んだ暗黒空間が発光した。

「飛べ、イギー!」
 発光したクリームが、地面を穿ちながら突進をかましてきたのを見て、イギーを抱えて一階に飛び降りた。
 着地の寸前、愚者が翼を生やして軟着陸する。
『貴様らがどこにいようと全く関係ない!全て、全て徹底的にわが暗黒へ引きずり込む!!』
 凄まじい速度で二階の床を全て穿ち、破壊していく。
『たとえ目が見えなくとも!このくらいは分かる!』
 光球は階段をまるで滑り台のような形に破壊しながら、速度を上げながら一階に降りていく。
「あ・・・・あれが最後の手段かよ!冗談じゃねえ!」
 光球は、壁を穿ちながら壁沿いに破壊活動を開始した。壁が、コルクを抜いたように滑らかな断面を残して破壊されていく。
「は、はっ!所詮メクラ滅法攻撃するだけかよ!」
 そうではない―イギーは知っていた。
 ヴァニラアイスの攻撃は、全く適当な攻撃ではない。一つの完璧な戦術だ。
 円軌道を描きながら、確実に中心点へと至る。そこに、死角や安全な場所は存在しない。
 早い話― 一つのチェックメイトだ。
 広間の一切合切が、暗黒へと飲み込まれていく。その中心点で座っているランサーとイギーまで至るまで時間が殆どないことは確実だ。
「へ、往生際が悪い俺も、ここで終わりかねえ・・・・・?」
 円運動の1週の時間が、次第に短くなっていく。
「・・・・・・・イギー、どうしても聖杯が欲しいか?」
 イギーは、首を横に振った。
「そうか・・・・・ならいいんだがね」
 ランサーは、もう一度立ち上がった。ゲイボルグを構える。イギーは、じっ、とランサーの顔を見ている。
「・・・・お前を守るのが、俺の役目だからな。いいか、イギー、もう分かってるよな」
 光球がその速度を上げていく。
「俺がゲイボルグで奴の動きを一瞬だけ止める。お前は・・・お前のスタンドで奴の頭をぶち抜け。それでいい」
 イギーの顔色が変わった。
「・・・・・・・・・安心しろ、俺は死にはしねえよ。またいつか、誰かに呼び出されるまで待つだけだ」
 ランサーは、光球へ狙いをつけた。

『・・・・・・どうやら私の勝ちのようだな!このまま一気に飲み込んでくれる!』
 ヴァニラの吸血鬼の触覚に、二人の動きが伝わる。
『はっ!一方が片方を庇うというのか!?今更遅い、二人一緒に地獄へ暗黒へ引きずりこんでくれる!』
 目標を補足して、ヴァニラはますます速度を上げた。
『槍をかまえたな!?構う事はない!一気に破壊してくれる!』
 最早、ランサーの位置は完全に補足した。
『DIO様とアヴェンジャーを侮辱した罪、ここで贖えぇぇぇぇぇぇぇ!』

 
 ガオン


 既に暗闇に覆われたヴァニラの視覚でも、一瞬、ランサーの姿が見えた。
 そして、その姿が、暗黒に飲み込まれるのも。


「・・・・・なあ、イギー、お前、バカじゃねえか?」
 槍を構えて、ランサーは言った。その足元では、イギーが血を吐いていた。
「『俺が愚者でお前を庇い、お前はゲイボルグでヴァニラにとどめを刺す』・・・そう、令呪で命令したろ?」
 イギーが、ゆっくりと崩れ落ちる。と、砂で作られたランサーの虚像が崩れ落ちるのも。
「・・・・・俺、一歩間違えたら泣いちまうじゃねえか」
 勝利を確信したのか、ヴァニラの動きが止まった。
「だが・・・・・お前が作ってくれた時間、十分だよ」
 ランサーの体とゲイボルグが、発光を始めた。
「これで・・・・・終わりにしよう」
 ランサーは、左腕に残る全ての魔力と腕力と思いを込めて、最後の投擲を行った。
「喰らうがいい・・・・刺し穿つ死棘の槍!」
 ゲイボルグが、今、亜空の瘴気の心臓を目掛けて、空を切った。

『ふ・・・・ふはははははは!これで私の勝ちだ!クソにも劣る犬どもが!これがDIO様とアヴェンジャーを侮辱した罪だ!』
 暗黒空間から顔を覗かせて、ヴァニラは高笑いを上げた。
「さあて・・・DIO様に報告しなければ、な。きっちり侵入者を排じょあ!?」
 突如、ヴァニラの口に槍が突っ込まれた。槍は、やや斜めに体に突き刺さっていた。
 そのラインにあったのは―心臓。

「捕まえたぜ、このレバニラ野郎が・・・・・・・・」
 暗黒空間の内部にいたヴァニラを穿ち貫いた槍を、ランサーが今一度掴んだ。
「へっ・・・・四回もゲイボルグに貫かれて生きてたのは、お前くらいだよ」
 そして、引き抜いたゲイボルグで、暗黒空間と現世の境界にあったヴァニラの顔を、もう一度貫いた。
「そして・・・・これで五回目ェ!」
 ヴァニラの顔の右半分が、暗黒の彼方に落下していった。
「AGAAAAAAAAAAAAAAAAA! 」
「こいつはおまけだ!六回目ェ!」
 喉の肉を、さらにゲイボルグが穿つ。
「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 血にまみれた擦れた声で、ヴァニラは絶叫を上げる。
「てめえの弱点は分かってるんだぜ・・・・・・・・・・脳天にくらええ!」
「そうは・・・・・・・・・そうはいくものかぁぁぁぁぁぁぁ!」
 クリームの醜悪な腕が、ランサーの体を暗黒空間に引きずり込む。
「キサマも・・・・・キサマも我が暗黒にぃぃぃぃぃぃ!!」
 だが、ランサーは笑っていた。
「上等じゃねえか!俺が粉みじんになるのが先か!お前が死ぬのが先か!サシだ!」

 暗黒にランサーの体は、半ば引きずりこまれていた。それでも消滅しなかったのは、対魔力の力故か。
「消えろ!消えろ!消えてしまえ!消えてしまえ!私と一緒に消えろぉぉぉぉぉ!」
「悪いが・・・・・俺の行き先は決まってるんでねえ!!」
 暗黒に飲まれた上半身だけで、ランサーはもう一度ゲイボルグを握り、担いだ。
「これで・・・・・・・・堕ちろぉぉぉぉぉぉ!」
 ゲイボルグが、ヴァニラの体の、さっき貫いた部分を、もう一度貫いた。みたび、ヴァニラは串刺しとなる。
「WRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
 ブチブチと、肉が、骨が、脊髄が切れる音が、聞こえた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
 最後の死力で、ランサーが、ゲイボルグを振り上げた。その一撃で十分だった。
 ヴァニラの体はその一撃で完全に分断された。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA・・・・・・DIO様・・・・申し訳・・・・ありません・・・すまない・・・・アヴェン・・・・ジャー・・・」
 そして、ゆっくりと暗黒空間は閉鎖していった。ランサーが暗黒から放り出されるのは、ほぼ同時だった。


「は・・・・・・はは・・・・・・・・よお、勝ってきたぜ・・・・イギー・・・」
 ランサーの、暗黒に飲み込まれた上半身は、無事だったとはいえ、ズタズタに崩壊していた。
 ランサーは、肩口から血を垂れ流すイギーを、そっと左腕だけで抱き上げた。
「はは・・・・・・・おい・・・・・生きてる・・・かよ・・・・・イギー・・・・・・」
 だが、イギーからは何の反応もなかった。
「・・・・・・・・けっ、間に合わなかった・・・・か。・・・・・あぁあ、無駄骨かよ・・・・
 ・・・・・・・イギー。もしかしたら、俺とお前は二つで一つだったのかもな・・・・・・・」
 と、突如イギーの眼が見開かれた。そして、口から茶色の物体を吐き出し、ランサーの顔にぶつけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・うえ、なんだ、こりゃ?・・・・コーヒーガムか?」 
 そこでランサーは気がついた。ようするに、今まで息を潜めて、ゆっくりと口の中でコーヒーガムを咀嚼していたのだ。
「・・・・・・・・・ふざけんなっての・・・・・・・・・・」
 そこでランサーは倒れた。
 そして、気がついた。思った以上に暗黒空間で受けたダメージは大きかった。
 思っていた以上に、自分の体はズタズタになっていた。
 イギーが、耳の辺りを噛んでいる気がする。
 だが、それも、もう気にならない。
 もしかしたら、このまま消えるのかもしれない。
 だが、それでもいいのかもしれない。

「俺・・・・・・消えるのか?」
「さあ、どうだろうな?」
「・・・・・・・誰だ?」
「誰でもいいんじゃねえか?」
「・・・・・・・・・・そうか、お前はどうなるんだ?」
「俺のマスターも死んだからなあ。消えるんじゃねえの?」
「そうか」
「そうだろうよ」
「それでいいのか?」
「やることやったし・・・・・・・・いいんじゃねえの?」
「そうだな」
 
 イギーが、自分の体を愚者で運んでいるのだろうか。だが、何処に行くのだろう。それにしても―。
 今のランサーは、呆れるほどに安らかだった。
 遠くで、空条承太郎とセイバーの声が聞こえた気がしたが、どうも耳が遠くなったようだった。
そして、ランサーが次に目覚めるときは―。

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