フレッシュプリキュアで百合SS保管庫 @ ウィキ

2-427

                      ◎


『―――大型の台風が接近中の為、関東地方には本日、豪雨警報が発令され―――』


 あたしは人気の無い店内で、ぼんやりとオレンジジュースを飲みながら、ラジオから流れる台風情報を聞いていた。窓の外は、朝から相変わらずの雨…今はまだ弱い降りだけど、ラジオからの情報を信じるなら、もうすぐこのクローバータウンも暴風圏内に入るはず。
 ……帰るなら今のうちなのにな……。
 でも、それが出来ない事は、誰よりもあたしが分かっていた。


「……と、あとジャケットとか、上に羽織るものなんていいと思うの!―――?聞いてる?美希ちゃん?」
「………ハイハイ、ちゃんと聞いてるわよ、ブッキー。…で、ナゲットおかわりでいいの?」
「……美希ちゃん、やっぱり聞いてない……」


 ちょっと頬を膨らませて、呟くブッキー。なに?あたしバケットと聞き間違えた?
 あたしとブッキーの二人は、今ファミリーレストラン『Yotuba』にいた。……ここあんまりいい思い出無いのよね……、まあプリキュアになった記念の場所ではあるんだけど。
 あたし達の間には、広げられた何冊かのファッション雑誌。


「…だから、予算的にはこっちの靴がいいんだけど…デザイン的にはこのパーカーが似合うと思うの……、あ!やっぱり赤を基調にしたほうが喜んでくれるかなあ?」
「あー。そーかもねー」
「…赤っぽい感じだと…このキャミソールとか…。う~ん、これはちょっと子供っぽ過ぎるかなぁ…でもこっちはちょっと、お、大人っぽいというか…え、えっちな感じだし…」
「そーそー分かる分かるー」
「だとすると…この帽子なんかいいと思うんだけど…似たようなの持ってたような気がするのよ…」


 あたしの気の無い返事に構わず、忙しくページをめくるブッキー。…人の話聞いてないのはそっちじゃないの?
 熱心にファッション雑誌をチェックするブッキーを他所に、あたしはまた窓の外に目をやる。
 外は雨。
 あたしはふと、管理国家って雨降るのかな、って思った。天候まで管理されてたら凄いわよね…。


「――――傘……」
「――――?何?美希ちゃん?」
「……傘、なんかいいんじゃない?…ほら、値段もそんなしないし…」
「……傘かぁ……」


 腕組みをしながら考えるブッキー。


「……傘って、雨の日にしか使ってもらえないよね?」


 ―――当たり前よ。
 こんな時にしか頼りにされないあたしと一緒。
 あたしは少し自虐的な気分になって、彼女に気付かれないよう、小さな溜息をついた。




 ブッキー、山吹祈里からリンクルンに連絡があったのは、昨日の夜の事だった。


「…お買い物に行くから、付き合ってほしいの!ホラ、美希ちゃんモデルだし、わたしなんかよりセンスいいし!…アドバイスして欲しいなって思って!」


 珍しい、っていうのがあたしの率直な感想。…もともとあたしとブッキーではファッションの趣味もまるで違うし、こんな風に意見を求めてくるなんて、久しぶりの事だったから。
 本当なら、ここで少しは疑問を持ってもいいはず、だった……でも、クローバーの練習とプリキュアとしての活動で、なかなか彼女と二人きり、って状況が無かったあたしは、近付いてきつつある台風の事なんて、それこそどこ吹く風って感じで、ウキウキした気分で眠りについて。


 そして今日。
 待ち合わせ場所である、この店に着いたブッキーの第一声は――――。


「―――美希ちゃんは、どんなのがせつなちゃんに似合うと思う?」


 あたしは、天国から地獄って言葉を、身を持って体験した気がした。



 ブッキーはまだ、自分がせつなを好きな事をあたしが知らないと思っている。
 ……ブッキー、あなたどれだけニブいのよ……。
 もっとも、あたしもブッキーへの思いを未だ伝えられずにいて。
 近くにいるのに、お互いの秘密が、それ以上の距離を縮めさせない、って状況がしばらく続いていた。


 それにしても、誕生日でもないのに、どんな名目でせつなにプレゼントなんてするのか。……まずあたしにはその理由が分からなかった。
 あたしの問いに、ブッキーはちょっと恥ずかしそうな顔でもじもじしながら、言った。


「ほ、ホラ…せつなちゃん、こっちに来てまだ日も浅いし…まだ着るものとか、そういうの良く分からないと思うのよ…それにラブちゃんの家に住んでて、そんなにワガママも言えないと思うし……だ、だから、わたし達で何か贈るのもいいかなって……クローバーに入ったお祝いも兼ねて!」


 ……それはこじつけって言うのよ、ブッキー。
 せつなの服や日用品は、ラブがきっちり管理してるし、ラブのご両親はワガママを聞かないどころかせつなを自分の子供のように可愛がってる。…むしろこっちが甘やかし過ぎじゃないかって心配になるくらい。…クローバーに入ったお祝いなら、ブッキー、あなたがあげた練習着でいいんじゃ…。


 単純な話、ブッキーはせつなの物を全てラブが選んでいる事にヤキモチを焼いているのだ。


 普段着るものや身に付けるもの、それこそ下着までラブが選んでるって状況が気に入らなくて、一つくらいなら何か自分が選んだものを身に付けてて欲しいって思ったに違いない。


 健気で、可愛らしくて、あたしにとっては残酷な乙女心…よね。


 楽しそうに悩んでいるブッキーの顔を眺めながら、心の中で呟く。
 せつなしか眼中にないブッキーを見ていると、胸がチクチクと痛むけれど、それでも彼女と二人だけでいるこの場所から離れられなくて。


 ―――惚れた弱みってこういう事なのかしら……


 あたしは薄く自嘲気味に笑うと、雑誌のチェックに余念の無いブッキーから外へと目を移した。
 外は雨。
 目の前には俯いて何やら本に夢中なブッキー。


 ……何か似たような事が前にあったな―――とあたしは記憶を探り始めた。




                      ○

「…まだ、雨やまないね、美希ちゃん…」
「…もうちょっとここで待ってみようか、ブッキー」


 あれは、まだあたしとブッキーが小学2年生くらいの時だったっけ。
 あたし達はあてにならない天気予報のせいで、昼くらいから降り出した雨につかまり、学校の教室から表に出る事が出来ないでいた。
 いつも一緒だったラブは、風邪を引いたそうで、珍しくお休み。
 クラスの皆は、傘を持ってお迎えに来たお母さん達と仲良く帰って行ってしまって。
 あたしは母親が仕事をしてるから迎えになど来られる訳もなく、ブッキーも、ご両親が獣医をやってるから忙しいらしく、迎えには来られないようだった。


 空は黒く分厚い雲に覆われて、まるで夜のように真っ暗で。
 電灯の点いた広い教室にはあたしとブッキーだけ……。


 自分の事ながら、子供だけに心細かったろうな、って思う。
 今なら自分の親や、ブッキーの家庭の事も分かってるし、雨くらいどうって事ないのだけれど。
 それでもその時のあたしは、暗くなりそうになる雰囲気を盛り上げようと、ブッキーに言った。


「だいじょうぶだよ!もうちょっとだけ待てばやむよ!」
「ほんとう?美希ちゃん……?」
「まかせてよ!あたしのカンの方が、ヘタな天気よほうより、かんぺき!なんだから!!」
「……うん、美希ちゃんのこと、わたし、信じてる!!」


 ……いつものやり取り。
 何かあって、ブッキーが不安そうにしてたり、怯えてたりした時、あたしは彼女を励ますために、毎回そんな根拠の無い虚勢を張っていた。…ブッキーもその言葉に励まされて、元気を取り戻す。……そんな他愛も無い、いつも通りの掛け合い。


 昔からあたしの役回りってそうだったな、って思う。ある意味、損な役ではあるわよね。本当なら、淋しいし、怖いし、泣いてしまいたい時だってあった筈……。


 ―――でも、ブッキーがいたから。


 ブッキーにそんな顔させたくないし、そんな彼女を見たくなかった。…だからあたしがしっかりしなきゃって、いつも思ってた。



「そうだ!今日としょ室で借りてきた、どうぶつの本があるんだよ!ブッキー、それよむといいよ!」
「……!本当?……でもどうして美希ちゃんがどうぶつのご本なんて……?」
「こんな事もあるかと思って、借りて来ておいたの!ちょっと待ってて!」


 過去の自分とはいえ、底の浅い嘘よね。
 本当はねブッキー、いつも動物の事を楽しそうに話してくるあなたと、話題を分け合いたかったから。
 少しでも動物の知識が増えれば、ブッキーもきっと喜んでくれるでしょう?


 ランドセルの中から本を取り出し、ブッキーに渡す。
 その表紙を見ただけで、ブッキーはさっきまでの不安そうな表情とはうって変わり、目を輝かせ出す。


「ありがとう!……美希ちゃん!これ、読んでもいい?」
「いいよ。雨が止むまで、それでヒマをつぶすといいよ。あたしは外見てて、雨が止んだら、ブッキーにおしえてあげるから!!」


 それも、嘘。
 あたしが借りてきた本をブッキーが読みふけってる間、あたしは外なんか見てなかった。
 ブッキー、あなたを見てたのよ。ずっと。
 茶色くて、フワフワの髪の毛。
 一生懸命本を見つめる宝石みたいな瞳。
 小さく結ばれた、桜貝みたいな唇。


 今思えば、あの頃にはもう、あたしはブッキーに恋してたんだな。
 まるでお姫様みたいなブッキーを見ているのが、楽しくて仕方無かった。


 ブッキーが本に夢中になるように。
 あたしはブッキーに夢中になってた。



 フッ



 突然、今まで点いていた教室の灯が消えた。
 違う、教室だけじゃなく、廊下も、外の建物も、町の光すら、全部。
 ―――――停電。
 変電所に雷でも落ちたのか、その音にも、それぞれ夢中になってたあたしたちは気付かなくて。
 子供だったあたしは、世界が終ってしまったんだと思った。



 暗闇の中、あたしはずっと震えていた。
 怖かったし、不安だったし、泣きそうだった。
 でもそれは、今まで押さえてきたものが噴出したのではなくて。
 たったひとつ。
 「もうブッキーに会えない」って思ったから―――。




 その時、あたしの手に、温かくて、柔らかいものが触れた。



「……だいじょうぶ?美希ちゃん?」


 ブッキーの声が、した。


「…ていでん、かな?ビックリしたね」


 その声と温もりだけで、震えが止まった。
 あたしは両手で、ブッキーの手を挟み、しっかりと握る。


「―――うん、あたしならだいじょうぶよ、ブッキー!」


 ブッキーが無事なら、あたしは何があっても平気。


 ブッキーが無事なら、あたしは震えてなんかいられない。


「ブッキーこそ、だいじょうぶ?……なにがあっても、あたしがいるから平気だよ」
「うん……ほんとうに、美希ちゃん、すごいね。わたしなんて怖くて……」
「当たり前よ!あたし、かんぺきだもん!」
「ふふ、わたし、信じてた!」


 お決まりの、会話のやり取り。
 でも一つだけ違うのは。
 救われたのは、あたしの方だったって事。


 ……そうじゃない。
 きっといつも、ブッキーがいる事で、あたしは逆に救われてたんだと思う。
 ……ブッキーを支えてるのは自分だって思ってたけど。
 本当はブッキーに支えられてるのはあたしの方だったんだ。


 あたしは今になってそれに気が付いた。



 消えた時と同じように、唐突に明かりが点く。



 あたしとブッキーは顔を見合わせた。
 それから、何を言い出すでもなく、額を寄せ合い、微笑む。


「ふふ」
「うふふ」


 そんなあたしの目に、教室の隅に置かれた、誰かの忘れ物の傘が映った。


「ブッキー!あれ!!」
「え?」


 傘の名札には『ももぞのラブ』と書いてあった。



                      ◎


「……う~ん、でも傘っていうのもありなのかな~…雨の日に、あたしも試しに一緒に入れてもらったりできるし……」


 ブッキーの呟きで、あたしの思考は現在に引き戻された。


「…なに?ブッキー、傘にする事にしたの?」
「え、あ、あ、そうそう!……美希ちゃん聞いてないと思ってたのに……。傘だって、普段気にしていなく
ても、自分の傍に絶対にあって欲しいものだから、いいかな、って言ったのよ」
「それはそれは……まあありがとうと言っておくわ」
「?何?」


 あたしは「何でもない」と誤魔化すと、オレンジジュースを口に運ぶ。
 そして少しだけ考えて、まだ悩んでいるブッキーに話し掛ける。


「傘は……ないんじゃないかしら?ブッキー…」
「?え?さっき美希ちゃんが傘がいいんじゃないかって……」
「でもね、梅雨はもう終ってるし、そうそう必要も無いかなって思って。台風行っちゃえば、またお天気続くみたいだし……」
「本当?……天気予報で言ってた?」
「任せてよ!あたしの勘の方が、下手な天気予報より完璧!なんだから!!」


 ブッキーは一瞬、目を丸くして、クスクス笑い出す。


「何それ~。変な美希ちゃん!!」


 そんなブッキーの笑顔を、あたしは少しだけ、淋しい想いで見つめた。


「……じゃあ、傘は止めて、こっちの帽子にしようかな……」
「いいんじゃない?……で、どうする?買い物行くの?早くしないと、もう雨が強くなってきてるんだけど」
「!!いけない!こんな風にのんびりしてる場合じゃないじゃない!……美希ちゃん、本当に一緒に来てもらっていい?……雨……」
「……何よ今さら―――いいわよ、ここまで来たんだもの。その代わり、ここは奢ってよ?」


 ブッキーに軽く片目をつぶってみせると、店から出る。


 外は雨。


 あの時と同じように。


 でも、同じ雨が降っているわけじゃない。


 それは分かってる事なんだけど、ね。


 台風が近付いているだけあって、雨はどんどん強さを増すばかりだった。




                     ○

 雨が、上がった。


 あたしとブッキーは、置いてあったラブのかさで、なんとかぬれずに帰ることができた。
 小さなかさだったから、二人でむりやり入るとキツイ。……でも、いやじゃなかった。
 かさを閉じようとするあたしを、ブッキーが止める。


「なんだかあいあいがさみたいだね、美希ちゃん」
「??ブッキー。あいあいがさって恋人どうしで入るものだよ?あたしたち女の子どうしじゃない」
「美希ちゃんは女の子だけど、いつもわたしを助けてくれるし、はげましてくれるし、まるで王子さまみたいだから、いいの」


 ブッキーはそう言うと、あたしの肩に頭をのせてきた。
 すごくいいにおい…。なんだかあたしはむねがドキドキするのを感じた。


「重くない?」
「だいじょうぶ、全然重くないよ。ぎゃくになんか気持ちいい……」
「良かった……」


 そう言うと、ブッキーは目をつむった。


「わたしもなんだか気持ちいい感じ…変かな?」
「ううん。さっきブッキー、あたしのこと、王子さまみたいって言ってたけど、あたしも、ブッキーのこと、お姫さまみたいだって思ってたもん。……だから、きっと変じゃないよ。」


 あたしは肩にのったブッキーの頭の上に、そっと、自分の頭をかさねる。


「ずっとこうしてたいね」
「わたしもそう思ってた。……美希ちゃん、ずっとずっと大人になっても、わたしの隣にいてね?」
「もちろん!王子さまとお姫さまはずーっと二人でいるんだよ。それで、ずーっと幸せにくらすの!」
「見て!美希ちゃん!虹!!」


 まるであたしたちをお祝いしてくれてるみたいに、空に虹がかかる。


「キレイだね……」
「本当……わたし以外の人といっしょのかさにはいっちゃダメだよ、美希ちゃん!」
「ブッキーもね!雨の日のやくそく!」



 ゆび切りを交わす。



 きっと、このやくそくは、えいえんに、わすれない。



「これでかんぺき!だね!」
「うん!わたし、信じてる!」





 あたしたちは、かさを閉じることなく、ずっと虹をながめていた。








                                   了



2-672へ続く


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