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虎の若子と竜の姫


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それは多分、どこかで兵たちの雑談を耳にされたのだと思う。
『浮気は男の甲斐性』だとか、『据え膳食わぬは男の恥』だとか、
そんな単語が飛び交う会話を聞いた、そこまではまあいい。
「で、アンタはどうだ、真田幸村?」
問いかけてきた隻眼は、酷く挑戦的に見える。
「……どうだ、と申されますと?」
即答するのも躊躇われ、そもそも何を問われたかもはっきりしない。
「だから、アンタも同意見かと訊いている」
「同意見というとつまり、浮気は甲斐性であるとか、据え膳は食う
べきだとかいうことに、賛成か否かということでござろうか」
「That's right.……で、どうなんだ?」
瞳に宿る色は変わらず、挑むように、試すように、俺を映している。
単純に答えるならば、決まっている。否、だ。
しかしそれを素直に告げると、何となくではあるが『つまらねぇ
答えだな!』などと鼻で笑われてしまいそうな気がする。
いや、それはいい。笑われようとどうしようと、正しいと思う答えを
返しているならば、何に恥じることもない。
ただ少し気になるのは、このかたが一体何のためにそのような問いを
寄越し、俺にどんな答えを求めているのか、だ。
何かを試されているのだとしたら、おそらく模範解答があるはず。
だがたとえば……ひとりの女人に縛られる男など情けない、とか
据え膳に手を出さぬのは意気地のない証拠だ、とかいうものを望まれて
いたらどうすれば良いのか。


―――――お館様。某、進退窮まっておりまする。


甲斐と奥州との間に休戦協定が結ばれて早やひと月。
『独眼竜』のふたつ名も勇ましい奥州の戦姫が甲斐に滞在される間、
主に年齢が近いという理由でこの俺・真田源二郎幸村は、親しく言葉を
交わす栄誉に与る毎日だ。
本来であれば、このような交流などありえぬほどの身分の差が我々にはある。
しかしそこは過去の積み重ねの成せる業とでもいおうか、「これまで散々
生命のやり取りしといて何を今更」と姫君御自身の仰せなので、奥州伊達軍
ご一同のもの言いたげな視線を他所に、執務の合い間の息抜きとして、
やれ道場で手合わせだ馬で遠乗りだとつき合わされてみたり、ちょっとした
時間でも何くれとなく会話をする機会に恵まれている。
そもそもこのかたには右目とも呼ばれる腹心の部下がいらっしゃるわけだが、
同盟国での滞在中に双竜相揃って行動し続けては、いかにも外聞がよろしくない。
何か含むところでもあるのでは、と要らぬ邪推を受けてしまいかねないからだ。
とはいえ仮にも一国の主を、護衛も何もつけずに他国に置くわけにもいかぬ
ということで、警護役兼話し相手として俺に白羽の矢が立ち……
で、今日のこれだ。
姫君たっての願いがあり、平たく言えばこっそり屋敷を抜け出し散策のさなか、
ほぼ唐突に切り出された問い掛けに目を白黒させる俺、という図式である。
抜け出す直前までは道場にて木刀での手合わせをしていたため、我々は共に
道着姿。傍目には剣の稽古の行き帰り途中の門下生、くらいにしか見えない
だろう。少なくとも俺の隣を歩く女剣士を、奥州の名門・伊達家の姫君だと
看破する者はおるまい。
その竜の姫君には少々気分屋なところがおありになり、直前まで和やかに
話していたはずが、突如俺の存在などないもののように心をどこかに飛ばして
しまわれることも度々だが、根本的にはやはり一途なかたであられ、戦場での
闘争心を髣髴とさせる執拗さで以って、俺に議論を吹っ掛けてこられることも
また多い。
過去、俺の寝所にまで突入を果たされたこともあったが、そのときはさすがに
副官殿に見つかり、まるで猫の仔のように襟首を捕まれ引きずられていかれた
ものだ。あれはとてもお可愛らしかった……
…………いや、それはさておき。
今回の挑戦の真意はわからぬが、わからぬ以上、あれこれ考えていても埒が
明かぬと思い至り、結局最初に用意した答えを返すと決めた。
「否、か」
「いかにも。多方面に心を動かすことを甲斐性とは思わぬし、据え膳に手を
つけぬことも恥とは考えませぬ」
俺の言葉を聞き、姫君は独特な彩を宿す隻眼を軽く眇められた。
「……つまらねぇ答えだな」
予想したのと同じ返事が聞こえてきたが、その仕草は予想とは大幅に異なった。
戦装束を外せば随分と華奢に見える腕が、するりと伸びて俺の右腕に絡みつく。


―――――お館様。腕にものすごく柔らかいものが当たっているのですが!