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忠勝×かすが

――三河に不穏な動きあり。
そんな情報がかすがのもとに届いたのは、夏の暑い日のことだった。

「みかわ。とくがわいえやす。ほんだただかつ……」
謙信の声音は、濁ったような重い熱を含む大気を澄んだ透明さでふるわせながら、かすがの
耳に染みていった。
じっとしているだけで汗ばんでくるほどの暑さの中、謙信のまわりの空気だけは常と変わらぬ
気温を保っているかのように冴え冴えとしている。
思わず懐に飛び込みたくなる衝動を彼女に抱かせ、けれどこの神域に俗人が踏み込んでは
ならないと物怖じさせるような厳かさと静謐さが、かすがの体を正座したままの体勢に
保たせていた。
今日の謙信は、常にも増して神懸かって見えた。
夏の陽射しですら、無粋な暑苦しさで謙信の思考を乱すことなどできはしない。
かすがは涼しげな顔の我が主をうっとりと見つめて、暑さからくるものではない体温の上昇を
なかば心地よく感じながら黙っていた。
「ほんだただかつ。あの、きかいにんぎょうのような、おとこ」
戦国最強と謳われる、本多忠勝。
三河になにかの動きがあるならば彼が関わっていないはずはない。
そして、それを擁する徳川の動向は決して無視することができないものだった。例え今は
上杉と敵対関係でなくともだ。
ぽつぽつと言葉を漏らしていた謙信の唇がふいに閉じ、青い瞳が思慮深げな色を湛えて揺れる。
ああ、とため息をこぼしたかすがの顔に、まもなく謙信の視線が注がれた。
「かすが」
短く名を呼ぶ謙信の相貌はひたすら美しく神々しく、それがかすがの胸を打ちふるわせた。
「はい」
かすがは静かに顎を引いた。
謙信もまた頷き返す。瞳の色が優しい。
顔がぽっと火照るのを感じて、かすがは取り繕うように早口で言った。
「探って参ります」
三河に向かう道すがら、かすがは謙信の顔ばかり頭に思い浮かべていた。